東の大平原
Case.13 賃金の値上げを要求します【交渉中】
— — — — — — — — — — —
【冒険者ギルド こども向け支部 質問箱】
Q.魔物ってなんで倒すと消えるの?
P.N.フジィ先輩
A.
その
それで、
たまに
— — — — — — — — — — —
こんにちは、アネッタ・フォッシルです。
王城都市南東にあるバサルマウントを制覇した勇者パーティーは、そのまま北上しギートル大平原へと差し掛かりました。
抜けるような空、遮るものの無い野原……なのだが、視界の左と右、それぞれの端に鎮座する大軍勢が、物々しい空気を醸していた。
西に陣を構えるは、人類の最終防衛ライン。
平原を挟んで東側は、
双方
「とんでもない景色ね……」
思わず声を漏らした。とてもじゃないが、一個人や少人数でどうにか出来る戦局では無いだろう。
「姉さん、どうする?」
私の背後から、心配そうな
「どうするも何も、私たちが介入できる場じゃないでしょ、これ」
「でも、あれ……」
言いつつ弟がマントの隙間から恐る恐る持ち上げた腕の指差す先。そこには異形の軍勢に向かいズンズンと歩み寄る一団が。
逆巻く金髪、目鼻立ちは鋭く、タンクトップを始めとする衣類は全て黒。背中に鎖で固定された大剣が鈍く光を照り返す。
その先頭の男に続くのは、花のように華奢な女性。朱色のツインテールと赤く分厚い唇は、白い肌と相まって目立つ。薄紅のフリルまみれのワンピース。構えた片手剣と丸盾は、腕が重さに耐えかねて震えている。
最後尾を行くは逞しい巨漢。全身を紺色のローブに包み、厳つい顔もフードに隠されている。脇に抱えた魔導書は、傷付き色褪せ年季のほどが窺える。
威風堂々と我が道を征くかの如きその姿に、私は頭を抱えるしか無かった。
「僕ら勇者パーティーが、この戦場の栄えある先陣を切る! 勇気ある者はついて来い!って思うわけですよ、僕はね!」
勇者の名乗り上げが、大平原に轟き渡る。戦士と魔導師も、これ見よがしに拳を上げる。
それを合図に、
同時に、人々が、魔物が、
——最悪だ……! 考え得る限り、最も悪い展開……!
隠密魔法が掛かった私の身体は、恐れと怒りで震えていた。
「私の業務外でしょ、こんなの——!」
悲痛な声を絞り出しながら、彼らを追いかけるべく駆け出した。
「誰かッ! その
もう今にも泣き出したかった。歴史の教科書に、世紀の大惨事とかで載るレベルでしょ、これ!
「姉さんっ! 足止めしてくれたら、俺様が何とかするっ!」
——弟よ、頼もしく育ったな……!
「了解!
イサム、ドロステア、フロウを丸ごと空気の渦に捕らえる。バレるバレないとか、そんななりふり構ってられる状況じゃない。
「アヴィー!」
「
彼らの頭上から、黒い粉塵が降り注いだ。それを吸い込むにつれ、一人、また一人と深い眠りに落ちたようだ。
「でかした! そいつらの護衛は任せるわ! 敵は私が引きつける!」
「引きつけっ!? 無謀だよっ!!」
「分かってる! でも犠牲を減らすには、やるっきゃないでしょ!」
言ってる私も、心臓の鼓動でどうにかなりそうだった。たぶん人生で一番、命の危機を感じている。だが弟を、勇者パーティーを、そして西軍の兵達を少しでも守るには、こうするしか無い。
敵軍最前列のゴブリンたち、その隙間を縫うようにナイフを走らせる。ひとつ、ふたつ、みっつ……報告癖で数えていたが、途中で諦めた。
棍棒の動きより速くすり抜け、第一陣を
第二陣のリザードマンが私を標的に迫ってくる。あの鱗をナイフで貫くのは手間だ。一匹倒す間に、他に囲まれるだろう。
「
数匹を魔法で絡め取り、吹き飛ばして他にぶつけ足止めに使う。悪いけどリザードマンのトドメは、歩兵達に任せよう。
『ガアアアァァァ!』
至近で聞こえた雄叫びにハッとする。
——しまった! タイタンがもうこんな近くに!
振り上げられた剛腕が、私めがけて——
一閃————
視界の端から横一文字に通過した緑風が、
「お姉! 生きてるぅ?」
聞き覚えのある大声のした方角に、見知った深緑の
「アル! ナイスタイミング!」
純白鎧、グラムの肩に足を乗せ、青法衣、デトルの静水魔法で固着させて立つアル・フォッシルの姿がそこにあった。
「
「一騎当千の敏捷性……恐ろしい……」
私は敵の前線から離れ、アル達のいる王城兵前列と合流する。
「三人ともありがとう、助かったわ!」
「お礼はいいって! けどこれ、どういう状況?」
「アレが開戦の幕を切って落としちゃって……」
私が顔を向けた視線の先に、風魔法で勇者たちを運びつつ、水魔法で魔物の足止めをするアヴィーの姿があった。
「アーくんもいるの!?」
「誰かさんのせいで、ねっ!」
ポーチから抜き打ったダガーが、
ある程度の奮闘はしたが、戦況が有利に傾いた訳では無い。あくまで雑兵に近いゴブリンをいくらか倒し、敵軍の標的を勇者から私に移し替えただけ。
こちらの歩兵が戦列維持の防御陣を敷いているから、破られるまでは犠牲は出ないはずだ。
しかし、相手の
——この状況、どうすれば打開できるだろうか……何か打つ手は……
その時だった。
「"砂塵"だぁー!」
戦場北方から、声が上がった。
「"砂塵"が来たぞぉー!」
それを聞いた兵士達が、途端に士気が上がるのが分かる。ちらほらと歓声すら聞こえてくる。けれど私とアルは顔を見合わせ、お互いに苦々しく笑っていた。
▼ つづく ▼
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます