東の大平原

Case.13 賃金の値上げを要求します【交渉中】

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【冒険者ギルド こども向け支部 質問箱】


Q.魔物ってなんで倒すと消えるの?

  P.N.フジィ先輩


A.魔法生物まほうせいぶつりゃくして魔物まもの

  その身体からだは、もと生物せいぶつなんだけど、

  邪悪じゃあく魔力まりょくによって変質へんしつしたのが魔物まものだ。

  魔力まりょくによって身体からだ強化きょうかされてるけど、

  ぎゃく魔力まりょくうしなうと肉体にくたい維持いじ出来できないんだ。

  それで、絶命ぜつめいするとえちゃうわけだね。

  たまに魔物まもの素材そざいがドロップするのは、

  偶然ぐうぜん魔力まりょくがその部位ぶい凝固ぎょうこしたからなんだ。

  ぼくおんな魔物まものつくれないか、

  研究けんきゅうしてみようかな。


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 こんにちは、アネッタ・フォッシルです。


 王城都市南東にあるバサルマウントを制覇した勇者パーティーは、そのまま北上しギートル大平原へと差し掛かりました。


 抜けるような空、遮るものの無い野原……なのだが、視界の左と右、それぞれの端に鎮座する大軍勢が、物々しい空気を醸していた。


 西に陣を構えるは、人類の最終防衛ライン。甲冑かっちゅうまとい槍を構える歩兵の隊列がズラリと並び、その後衛には魔導師と僧侶プリーストで構成される師団が複数。


 平原を挟んで東側は、悪鬼羅刹あっきらせつ魑魅魍魎ちみもうりょうの人外ども。子鬼ゴブリン蜥蜴男リザードマン巨人タイタンにその他諸々。唸り声や地響きを起こし、有らん限りの威嚇いかくをしている。


 双方にらみ合いながら、その一歩を踏み出すことは無い。この小康しょうこう状態が長年続き、開戦のキッカケをただ待ち続けるのみ。


「とんでもない景色ね……」


 思わず声を漏らした。とてもじゃないが、一個人や少人数でどうにか出来る戦局では無いだろう。


「姉さん、どうする?」


 私の背後から、心配そうな声音こわねでアヴィーに呼び掛けられる。


「どうするも何も、私たちが介入できる場じゃないでしょ、これ」

「でも、あれ……」


 言いつつ弟がマントの隙間から恐る恐る持ち上げた腕の指差す先。そこには異形の軍勢に向かいズンズンと歩み寄る一団が。


 逆巻く金髪、目鼻立ちは鋭く、タンクトップを始めとする衣類は全て黒。背中に鎖で固定された大剣が鈍く光を照り返す。


 その先頭の男に続くのは、花のように華奢な女性。朱色のツインテールと赤く分厚い唇は、白い肌と相まって目立つ。薄紅のフリルまみれのワンピース。構えた片手剣と丸盾は、腕が重さに耐えかねて震えている。


 最後尾を行くは逞しい巨漢。全身を紺色のローブに包み、厳つい顔もフードに隠されている。脇に抱えた魔導書は、傷付き色褪せ年季のほどが窺える。


 威風堂々と我が道を征くかの如きその姿に、私は頭を抱えるしか無かった。


「僕ら勇者パーティーが、この戦場の栄えある先陣を切る! 勇気ある者はついて来い!って思うわけですよ、僕はね!」


 勇者の名乗り上げが、大平原に轟き渡る。戦士と魔導師も、これ見よがしに拳を上げる。


 それを合図に、ときの声が、咆哮ほうこうが、巻き起こる。


 同時に、人々が、魔物が、波濤はとうのごとく、雪崩なだれのごとく、広大な戦地へと押し寄せる。


 ——最悪だ……! 考え得る限り、最も悪い展開……!


 隠密魔法が掛かった私の身体は、恐れと怒りで震えていた。


「私の業務外でしょ、こんなの——!」


 悲痛な声を絞り出しながら、彼らを追いかけるべく駆け出した。


「誰かッ! その勇者パーティーバカどもを止めろぉッ!」


 もう今にも泣き出したかった。歴史の教科書に、世紀の大惨事とかで載るレベルでしょ、これ!


「姉さんっ! 足止めしてくれたら、俺様が何とかするっ!」


 ——弟よ、頼もしく育ったな……!


「了解! 包囲シルフ——!」


 イサム、ドロステア、フロウを丸ごと空気の渦に捕らえる。バレるバレないとか、そんななりふり構ってられる状況じゃない。


「アヴィー!」

昏睡イメア——っ!」


 彼らの頭上から、黒い粉塵が降り注いだ。それを吸い込むにつれ、一人、また一人と深い眠りに落ちたようだ。


「でかした! そいつらの護衛は任せるわ! 敵は私が引きつける!」

「引きつけっ!? 無謀だよっ!!」

「分かってる! でも犠牲を減らすには、やるっきゃないでしょ!」


 言ってる私も、心臓の鼓動でどうにかなりそうだった。たぶん人生で一番、命の危機を感じている。だが弟を、勇者パーティーを、そして西軍の兵達を少しでも守るには、こうするしか無い。


 突風ウィン隠密レイスの霧を晴らしつつ追い風を作り、魔物の軍勢へと猛進した。


 敵軍最前列のゴブリンたち、その隙間を縫うようにナイフを走らせる。ひとつ、ふたつ、みっつ……報告癖で数えていたが、途中で諦めた。


 棍棒の動きより速くすり抜け、第一陣を斬獲ざんかくしていく。屈み、跳び、滑るように、避ける事を優先して動く。目で見るより、気配と直感で立ち回ってる。


 第二陣のリザードマンが私を標的に迫ってくる。あの鱗をナイフで貫くのは手間だ。一匹倒す間に、他に囲まれるだろう。


包囲シルフ突風ウィン——」


 数匹を魔法で絡め取り、吹き飛ばして他にぶつけ足止めに使う。悪いけどリザードマンのトドメは、歩兵達に任せよう。


『ガアアアァァァ!』


 至近で聞こえた雄叫びにハッとする。


 ——しまった! タイタンがもうこんな近くに!


 巨人タイタンと目が合う。悪意を、敵意を、向ける瞳。今の姿勢では回避できない。魔法の発動も、敵の攻撃までに間に合わない。頬を流れる汗が、いやに遅く感じる。


 振り上げられた剛腕が、私めがけて——


 一閃————


 視界の端から横一文字に通過した緑風が、巨人タイタンの胸に風穴を開けた。失った部位を確認するかの如く両手を添えると、その身体は土塊つちくれのようにザラザラと崩れ去った。


「お姉! 生きてるぅ?」


 聞き覚えのある大声のした方角に、見知った深緑の弓使いアーチャーが目に入った。


「アル! ナイスタイミング!」


 純白鎧、グラムの肩に足を乗せ、青法衣、デトルの静水魔法で固着させて立つアル・フォッシルの姿がそこにあった。


あねさぁんッ! 遅くなりましたッ!」

「一騎当千の敏捷性……恐ろしい……」


 私は敵の前線から離れ、アル達のいる王城兵前列と合流する。


「三人ともありがとう、助かったわ!」

「お礼はいいって! けどこれ、どういう状況?」

「アレが開戦の幕を切って落としちゃって……」


 私が顔を向けた視線の先に、風魔法で勇者たちを運びつつ、水魔法で魔物の足止めをするアヴィーの姿があった。


「アーくんもいるの!?」

「誰かさんのせいで、ねっ!」


 ポーチから抜き打ったダガーが、蜥蜴男リザードマンの眉間に刺さる。


 ある程度の奮闘はしたが、戦況が有利に傾いた訳では無い。あくまで雑兵に近いゴブリンをいくらか倒し、敵軍の標的を勇者から私に移し替えただけ。


 こちらの歩兵が戦列維持の防御陣を敷いているから、破られるまでは犠牲は出ないはずだ。


 しかし、相手の巨人タイタンたちがこちらの前線と衝突すれば、いずれは物量で押し切られる。


 ——この状況、どうすれば打開できるだろうか……何か打つ手は……


 その時だった。


「"砂塵"だぁー!」


 戦場北方から、声が上がった。


「"砂塵"が来たぞぉー!」


 それを聞いた兵士達が、途端に士気が上がるのが分かる。ちらほらと歓声すら聞こえてくる。けれど私とアルは顔を見合わせ、お互いに苦々しく笑っていた。


   ▼ つづく ▼

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