Case.05 労災って下りますか【適用外】

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【冒険者ギルド こども向け支部 質問箱】


Q.サウスウッドで蝶の幼虫を見ました。

  でも、蝶々は全く見つかりません。

  どうすれば蝶々に会えますか?

  P.N.誘蛾灯


A.もり生息せいそくするプチラーバのことだね。

  かれらの成虫せいちゅうれる機会きかいねんに2かい

  サナギからちょうわるときと、

  産卵さんらんのために飛来ひらいするときだけなんだ。


  成虫せいちゅうのイル・モルフォの生息地せいそくちは、

  魔王城手前まおうじょうてまえのラストダンジョン。

  冒険者ぼうけんしゃ上空じょうくうび、鱗粉りんぷんうと、

  風邪かぜ胃痛いつう下痢げり花粉症かふんしょう腱鞘炎けんしょうえん

  水虫みずむし・ニキビ・心筋梗塞しんきんこうそく四十肩しじゅうかた

  などの症状しょうじょうこすんだ。

  とってもおそろしいね。


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 「勇者、スゥ村の大地に立つ! って思うわけですよ、僕はね」


 文章として成立するか怪しいセリフを言い放ったタナカは、金髪を振り乱しながらポーズを決めた。


 それを遥か後方の木の陰から見守ってる監視してるのは、私、アネッタです。


 勇者パーティー結成から51日目、彼らは数々の苦難を乗り越え、ついに初級ダンジョンであるサウスウッドを突破したのである。ちなみに、サウスウッド平均踏破日数(冒険者ギルド調べ)は2日です。おい。


 そして今、ようやく森の南にある村落、スゥ村へと到着した次第である。


 王城事務局に登録してあるデータでは、総人口142人、35世帯、村長はマコロ家による世襲せしゅう制。

 村の南・西には海洋が広がり、東は険しい山道と、四方を自然に囲まれる地形の為、冒険者や商人以外の出入りは少ない。

 主な特産品は砂糖と海産物。郷土料理であるハゼの煮付けは絶品だと言う。口コミで高評価のお店はチェック済みだ。楽しみ。


「日も暮れてきたしぃ、今晩の宿を探さなくっちゃッ!」

「旅の疲れもありますしな!」


 ドロステアとフロウも、タナカに続き意気揚々いきようようとスゥ村へ立ち入る。


 と、村の入り口で、彼らは一人の少女とすれ違い、互いに会釈えしゃくした。こちらへ歩いてくる彼女は、子供のような容姿と背丈、それでいて狩猟服のような格好。深碧しんぺきのごとく濃い緑の短髪——


「あれっ? もしかしてアネッタねぇ?」

「アルじゃない! なんでここに?」


 私だと分かるなり、彼女の顔がパァッと明るくなった。


 アル・フォッシルは私の妹でフォッシル家四女、19歳。私に似て小顔だが、表情から見て取れる活発さと元気の良さ。右目の下にある泣きぼくろが少しだけ大人っぽさをかもしている。なお、胸元は男子と間違われるほどだが、本人は気にしていない。


「いやぁ、風の噂でサウスウッドに強い魔物がいるって聞いてね! ちょっと狩りに来たっ!」


 にしし、と笑顔を作るアル。ごめん、それたぶん私の事だわ。


「アルあんた連絡もなかなか寄越さないから、母さん心配してたよ?」

「ごめんごめんっ! 昨晩ようやくスゥ村に着いたばっかりだったんだよ」


 彼女は昔っから自由奔放ほんぽうで、家政婦さんや学校の先生を散々困らせて来た。極めつけは、昨年成人と同時に「冒険者免許取ったから! じゃあね!」と突然家を飛び出して行ったこと。とんだじゃじゃ馬娘だ。


「ねぇ、せっかくだからボクの狩りに付き合ってよアネッタ姉!」


 そう言って右肩を前にひねり、背負った弓を見せる仕草を取った。


「あんたの期待する魔物とは出会えないでしょうけど……仕方ないわね……」


 勇者たちも、さすがに今日は宿で休むだけだろうから、監視する必要も無いか。


 深く息を吐きながら、若草色のローポニーテールの留め具を締め直す。アルの横に並んで森へと足を向けた。


  ◇ ◇ ◇


「冒険者の活動は上手くやれてる?」

「ぼちぼちかな〜。生活には困らないけど、最近は刺激が足りなくってね〜。だから、一度王城都市に帰って、東の大平原に行こうと思ってるんだ」


 夕日の差す森の中、久しぶりに姉妹の会話をしつつ、二人は草木をき分け奥深くへと進んでいく。


 王城東門から東へ広がる大平原は、人間と魔物の勢力図が衝突する、いわば戦争の最前線だ。数年前に大合戦があったが、今は小康しょうこう状態だと聞く。


「そんなわざわざ危険な土地に……」

「大丈夫だって、スゥ村に待たせてる仲間達も優秀だし! それにボクだって——」


 と言いかけて身体を寄せて私を制止させ、アルは前方を指差した。


 見ると30歩ほど先の距離、マタンゴが1匹彷徨うろついている。まだこちらに気付いていない。


 アルは素早く静かに弓を構え、矢をつがえる。狙いを定めるにつれ、風切り音の間隔が短くなる。


 一閃————


 またた——目にも止まらぬ速さで放たれた矢は、マタンゴの胴やや右に風穴を開け、さらに樹を2本貫通。3本目に深々と突き刺さっていた。


「はーーっ、相変わらず上手いわね、アルの疾風しっぷう魔法は」


 めつつ頭をグリグリとでつける。


「へへーっ! ちょっと狙いからズレたけどね」


 抵抗せずニコニコと撫でられ続ける様子も昔のままだった。


 フォッシル家は代々、風の精霊・シルフィードと契約しており、個人差こそあれ疾風魔法を扱える。


 炎の精霊イフリートと契約しているフリトクス家のフロウは、魔法の発動に『魔導書』と『呪文詠唱』を必要とするが、本来は習熟度が高まればどちらも不要になる。


 アルの場合は、武器や射出物へ風をまとわせ、速度と貫通力を上げる魔法が得意だ。


 ちなみに私は補助魔法が得意で、跳躍ちょうやく力を上げたり、自動筆記に活用したりしている。城壁を飛び越えたり、高い瞬発力を発揮できるのも魔法のおかげである。


「お家で弓の練習してた頃が懐かしいな〜」


 ドロップした宝箱に寄りながら、矢をクルクルと回して遊んでいる。


 彼女が加減をしないもんだから、練習するたびに屋敷の塀や隣家りんかをぶち抜いたのも、我が家の貧乏っぷりに拍車をかけたんだけどね……


「ところで、アネッタ姉はなんでこんなとこに居たの? 事務員じゃなかったっけ?」

「え!? あ、あぁ、それは……」


 勇者の監視役をしている事は、家族にも話せない。というか、あんな変人たちに家族を関わらせたく無いのが本音だ。


「あっ! さてはさっきスゥ村に来てた人達の中に、アネッタ姉の好きな人がいるんでしょ!」

「はぁ!?!?」

「ボクには分かっちゃったな〜、あの大柄で顔が怖い人でしょ!」


 全ッッッ然好みじゃない。


「よ、よく分かったわね〜……」


 けどもうそういう事にした方が話が早いわ……


「だと思った! 大丈夫っ、家族には内緒にしててあげるから!」


 ニンマリと笑みを浮かべる。言う。この顔は絶対言う。知ってる。そして止めても聞かない。


「ひ、秘密にしてくれるなら、今晩の夕食を奢ってあげるけどな〜?」

「ホントッ!?」


 途端にパァッと顔が明るくなる。分かりやすい子で良かった……


「スゥ村にね、珍味を取り扱うお店があるんだ! メニューにあった、古代深海魚のホイル焼きが気になってたんだよ! そこ行こう、そこっ!」


 そしてアルが悪食なのをすっかり忘れていた……完全にやらかしたわ……嗚呼……ハゼの煮付け……食べたかった……


 ウキウキとスキップするアルの後ろを、疲労困憊ひろうこんぱいな私は力無くついて行く。足に最大限の疾風魔法を掛けながら——

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