第11話 魔剣『フィークンスヴェルズ』

ドヴェルグたちと共に過ごす日々の中で、俺は剣を造り始めた。


鍛えるのは『深い森』の老女から託された謎めいた金属『ナルフィラム』。

冷たく青黒く、沈黙を宿したそれは、ただの鉄ではなかった。

炉にくべてもなかなか赤く染まらず、槌で打つと跳ね返すような反発があった。

確かにこの金属には何かが宿っている。火の中で息づく意志のようなものを感じる。


最初の数日は、『ナルフィラム』に拒まれているような感覚だった。


「なあにやってんだ、こりゃ槌の方が折れちまうぞ!」

「ひと叩きで曲がらぬ鉄なんてのは、たいてい悪さをするもんさ」


火のそばで虫を炙っていたブリムが、からかうように笑った。彼の腹は丸太のように太く、笑うたびに揺れた。虫の油が火に落ちてぱちりと音を立てる。


グリンは少し顎を引き、腕を組んで俺の作業を見ていた。

「それ、おぬしの意志が足りんのではないか? 鉄は叩く者を映す鏡よ」


言われて、俺は手を止めた。


『ナルフィラム』の表面に映る、煤に汚れた自分の顔。荒い呼吸、焦り、力任せに叩いていた腕。

そうだ、これはただの鍛冶ではない。尋常ではない者と戦うための剣、奪われた者たちのための剣。

俺の意志を通さねばならないのだ。


「焦るな。金属には金属の都合ってもんがある」と、丸顔のドヴェルグ、ブローリがそうそう言って、虫を差し出してきた。「休め。腹が減ると腕も鈍る」

「その虫、動いてるように見えるんだが……」と俺が言うと、彼は歯を見せて笑った。

「そりゃ新鮮ってこった。甘くてとろけるぜ?」

笑い声が鍛冶場に弾けた。


そんな日々の中、俺は観察を重ねた。ドヴェルグたちは耳を澄まし、金属の「声」を聴くようにして作業をする。火に入れる時間も、打つ角度も、温度の変化も、すべて指先の感覚で覚える。


「手で知れ、手で感じろ」と、グリンが静かに言った。

「それが鍛冶だ。お前さんもそうしてきたんじゃろ?」


そう...俺の師は、亡き妻フリーダの父は、口は少なかったが手で語った人だった...


ドヴェルグたちの鍛冶場は生きていた。

炉は獣の皮の吹子の空気を吸い込み、吐き出す。自然の巌窟を削って作られた炉壁は長年の煤で黒々としている。

剣や斧の性質に合わせて火と槌を巧みに操るドヴェルグたち。


彼等の仕事っぷりを見て俺も励む。

火が強過ぎれば『ナルフィラム』は悶え、熱が足りなければ硬く心を閉ざす。


ドヴェルグの鍛冶とは、火と会話する技術だった。

「火は生き物だ。驚かせても、怯えさせても、良い刃は生まれんさ」

「じゃが、くすぐってやるとええ声で鳴くぞ」

「おまえの火は笑い過ぎて、いつも鍋まで焼くじゃねえか!」


そんなやりとりが、毎日のように飛び交う。彼らは朗らかで、荒っぽく、どこか子どものような無邪気さと、何百年も鍛冶をしてきた職人の厳しさを併せ持っていた。


ある夜、試しに『ナルフィラム』を焚き火の端に置いてみた。低い熱でじっくり炙ると、微かに金属の表面がうねり、まるで音のない波が走った。グリンが目を細め、低くうなった。

「そいつは怒ってるんじゃない。黙ってるだけだ。火が怖いんだな」

「じゃあ、どうする?」

「火に慣らしてやれ。毎晩少しずつ、眠る前に火を見せてやるんだ。まるで赤子さ」


馬鹿な、と思ったが、俺はやってみた。毎晩、細く灯した火のそばに『ナルフィラム』を置き、ゆっくり温めてやる。そうして四日目の朝、火にくべた途端、初めて金属がじわりと赤く染まり始めた。


炉の火は深く唸り、熱気が鍛冶場を満たす。『ナルフィラム』がようやく赤く鈍く光り、かすかに震え音を立てた。


グリンが真顔で言った。

「これからだ。おぬしの剣が、本当に目を開けるのはな」


鍛冶場には毎日、鉄と火と土の匂いが漂っていた。笑い声、怒鳴り声、時折爆ぜる火の音。そして、虫を焼く香ばしい匂いが混じって居心地が良かった。


いつの間にか、俺も虫の焼き加減にうるさくなっていた。焼き加減で同じ虫でも香ばしさやトロ味が違う。

グリンが「お前、焼くの上手くなったな」と顔をほころばせてイモムシを頬張った。


こうして『ナルフィラム』を鍛える日々が続いていった。


『ナルフィラム』は気難しかったが、鍛えるたびに火と槌との対話が深まっていくようだった。

火に怯えなくなったそれは、ようやく俺の意志を受け入れ、打つたびに確かに応えてくれるようになった。


剣は少しずつ形になり始めている。

完成が見えてきた。斧の刃で表面をすくうように削り刃を整える。


俺は思い浮かべる。

妖精王バルドリックの魔眼...

俺のこの剣はやつの命の火を斬れるのだろうかと。



『ナルフィラム』は望んでいた剣の姿にほぼ生まれ変わっていた。

この世界に居ると時の流れがよく判らなくなるが、寝起きした数からひと月以上は経っただろうか。

グリンたちは悪態や変な冗談をふっかけながらも仲間として迎え入れてくれた。

心地良く過ごした日々...

このままここで暮らすのも良いかもしれないとも思った。人間の世界に戻っても俺は天涯孤独の身だ。

いや、バルドリックとカタを付けることが出来たら、ここに戻って暮らそうか...



そして...ついに剣が完成した!


「おぬし、何のためにこの剣を打った?」

完成した剣を見てグリンが強い眼差しで俺に問うた。


思い切って話した。妖精王バルドリックを討つためと。

彼等ドヴェルグたちにとっても妖精は、妖精王バルドリックは憎い敵だ...


「そうか...良い覚悟じゃ、良い刃じゃ。妖精どもが見たら泣き出すぞ」

「妖精王とても、これを前にしたらさすがに笑っていられないだろ」

「もし笑っていられたら、俺たちがその鼻っ柱へ虫でもぶつけてやるさ!」

ドヴェルグたちは口々に想いを吐き出し、朗らかな笑い声が鍛冶場に響く。


グリンがたずねた。

「この剣に名は付けたのか?」

ドヴェルグたちが息を飲んで俺を見つめる。

俺は既に名を決めていた。


「『フィークンスヴェルズ(呪いの剣)』!」


ドヴェルグたちの眼が輝いた。



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週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です

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