第10話 ドヴェルグ・鍛冶場の仲間たち

妖精王バルドリックの居どころを求め、そして俺は戦う術と機会を探していた。


老女から託された金属...青黒く鈍く光る『ナルフィラム』。

それは妖精の命の火を消す力を持っていルはずだ。しかし、それでも完全ではないかもしれない。

バルドリックのあのあの魔眼が俺に注がれる時、心がわずかでも乱れれば、瞬時に呑まれるだろう。

だからこそ、俺の意思は鋼よりも硬くなければならなかった。



野道はところどころで森の下生えに呑まれて消え、何とか往来のあった痕跡を感じ取りつつ進み、また小道に出る。

湿った苔と絡まる蔦が足元を迷わせた。夜には霧が降り、木々が風にザワザワと囁き、焚き火は心細く揺れていた。


俺は携行していた干し肉と、日に干したイチジクを齧った。噛み締めると、亡き妻や義父母と過ごした鍛冶場の記憶が蘇る。あの炉の熱と、鉄を打つ音、斧を振るう師匠の太い腕……。


携行食は貴重だし腹は満たされず、試しに見慣れぬ木の実へと手を伸ばした。紫がかった殻の中からは、ねっとりとした粒々の種子が詰まった果肉が現れ、不安に身を震わせつつも、口に含んだ。

思いのほか、甘かった。

「毒が無いといいがな」とつぶやいて、自嘲気味に笑った。

しばらくしても無事だった。この実は憶えておこう。他も試してみるか...


そんな夜を幾つか越えた頃だった。相変わらず森の小道を歩いていると煙の匂いが漂って来た。焚き火ではない。煤と鉄と焼けた土の匂い...懐かしい、これは鍛冶場の匂いだ。


慎重に藪をかき分けると、そこには岩をくりぬいたような工房があった。

天井は低く、あちこちの岩に細工が施され、風穴からは淡い光が中に差し込んでいる。

熱気と火花の渦の中で小さな男たちが鎚を振るっていた。


彼らの姿に、思わず目を奪われた。

背丈は人間の子供ほど。だが筋骨隆々とし、背丈に似合わぬ大きな手には槌や火バサミ。眉は濃く、鼻とほっぺたは丸くて赤い。微笑みを浮かべ続ける目元...奇妙な愛嬌がある。


「また魔鉄が曲がりおった! 妖精どもの注文はどれも無理ばっかりじゃ!」

「文句言う前に手を動かせ、この山鹿の腰抜け!」

「腰抜けじゃないわ!腹が減ってボッとしてただけじゃ!イモムシを煮て精をつけるわい!」


鍛冶の合間に、彼らは笑いながら鍋を囲み、土の中から掘り出した虫を煮ていた。

鍋の中でグツグツと煮えたぎるのは、大ぶりなイモムシ、セミの幼虫、蛇のように長い赤い虫...

俺はその光景に思わず目を背けたが、彼らはそれを楽しそうに匙ですくい、絶品だと頬を緩めていた。



一人が振り返り俺を見つけた。

「人の子がおるぞ」

「なんじゃ、妖精がさらってきたのか?珍しい」

「見たかあの顔、まるで栄養不良のキノコみたいだぞ」


妖精たちとは違って、彼らは俺に興味を示した。

土の精霊...ドヴェルグという種族だという。

「『アルフヴァルト』に人の子が来るとは珍しい」

「『アルフヴァルト』!やはりここは『アルフヴァルト』なのか」

俺は驚き、そして安堵した。

「何だ『アルフヴァルト』とも判らずにほっつき歩いておったのか」

ドヴェルグの一人が呆れて言った。



「食うか? うまいぞ、焼き立ての地虫は♪」

「いや...遠慮しておく」

「こんな美味いもんを。身がプリプリだぞ。人の子は何を食って生きてるんだ」

そう言って笑ったドヴェルグの一人、赤い帽子の名をグリンといったか、俺の腰の手斧をちらりと見て、目を細めた。


「おぬし、その手斧。人間にしては悪くない造りだ」

「あぁ、ありがとう。自分で造った。俺も鍛冶師だ」

「こんな細っこいのが鍛冶を? まぁ腕っぷしの強そうな筋肉はしとるわな」


それまで胡散臭そうに俺を見ていた彼らの目つきが変わった。

互いの道具を見せ合い、焼き戻しのコツや作業の段取りをめぐって意見を交わした。

そして、肩を並べて鍛冶場の岩床に腰を下ろし、虫の串刺しを焼きながら笑いあった。

長くて大きなカミキリの幼虫は存外に美味しい。悪くない。


「それにしても良い手斧だ。人間にもやるやつはおるんじゃな」

「あんたらも、妖精たちに使われてなお、投げやりな仕事はしない。尊敬する」

すると、グリンは一瞬だけ寂しそうに目を伏せた。

「そりゃあな。俺たちゃ、鍛冶が好きだ。たとえ誰の命令であろうと、火の前では技へのこだわりは捨てん」


鍛冶場の暑さは妙に心地良かった。

俺は火の中に過去の自分の記憶を見ていた。かつて少年の頃、幼馴染の少女だった妻フリーダに手を引かれて彼女のお父さん...師匠の工房を訪れ、初めて鉄を叩いた日のこと。

暖炉の明かりの中に浮かぶ師匠、奥さん、フリーダの笑顔。

戦と病で早くに父母を失い、育ててくれた祖母も亡くなり、孤児になってしまった俺を師匠一家は家族として迎えてくれた。

俺の中の人間としての芯...

それが、ここでふたたび熱を帯びていくのを感じた。


「腕が鈍ってなけりゃ、ここで鉄を打ってみるか?」

ドヴェルグの一人が言った。



+++++++++++++++


週1話くらいのペースで続きを上げていく予定です

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る