第1話『ⓨ⌒O日記、発掘』

──AIが「人の気持ちを理解できる」と言われるようになったのは、

透が小学校に入ったころだった。


感情値、共感曲線、親和度スコア。

数字で測られる“心”に違和感を持たなかったのは、

それが最初から身近にあったからだ。


でも今は、違う。


「……これが、母さんの“日記”?」


旧倉庫の埃っぽい空間で、相沢透はガラケーの画面を見つめていた。

畳み込みアルゴリズムで最適化されたCom-AIの言語解析でも解けなかった、意味不明な文字列。


ⓨ⌒Oゎ…∧”w∟⊂ぃ!!

ネ兄才×〒"├`ノ♪…

⊇〃めωナょ±ぁレゝ…。。。


それが、母の残したものだった。


「日記、っていうより……呪文じゃん、これ」

隣で覗き込んでいた茜が、くすっと笑う。

彼女のAI端末“ルミナ”は反応せず、ただ静かに浮遊しているだけだった。


「でも、なんか、感情っぽくない?」

透がつぶやくと、茜は首を傾けた。


「文字って、感情そのものだよ」

そう言った彼女の横顔に、少しだけ熱がこもっていた。


その言葉に、透の胸がざわつく。

なぜだろう。まるで、知らない誰かの秘密をこっそり覗いてしまったような——

それとも、ずっと忘れていた何かを呼び起こされたような、不思議な感覚だった。


翌日。放課後の図書室。


「ギャル文字…? それって、ほんとに“言語”なのか?」

璃久が眉をひそめながらガラケーの画面を覗き込んでいた。

AIに頼りきった生活をしている彼にとって、手書きどころか“読めない文字”は未知の存在だ。


「文字って、伝えるためにあるんだよな? これ、伝える気ある?」

「あるんじゃない?」

茜が即答した。

「たぶん、“伝わってしまわないように”書いてるの」

「……逆じゃん、それ」


「うん、逆。でも、それが青春なんだよ」


透は、その言葉に不意を突かれた。

言葉は、届いてしまうのが怖い。

でも、届かなければ苦しい。

だからこそ、人は時に“伝えたいけど届かせたくない”言葉を選ぶ。

それが、母の残したギャル文字なのかもしれない。


「でも、読めないと、話にならないよな」

璃久が苦笑まじりに言ったそのとき、茜がふいに指を差した。


「そこ、見て。“ⓨ⌒Oゎ”って、これ、『おはようは』じゃない?」


「おはよう……?」

「そう。ⓨは『お』、⌒Oは『はよ』の音に近い。で、“ゎ”は“は”。たぶん、そういう風に読んでくんだよ」


透は、携帯の画面をもう一度じっと見つめた。

“ⓨ⌒Oゎ”。

母が書いた、最初の言葉。

それはきっと、日記の最初のページ。

つまり、「おはようは……」で始まる、17年前の朝の記憶だ。


「……読みたい。ちゃんと、全部」


自分の知らない、母のこと。

AIにも、誰にも読めない言葉。

それを、ちゃんと知りたいと思った。


透の中で、確かな何かが始まった気がした。


ギャル文字解説コラム:Episode 1

今回の登場ギャル文字


ⓨ⌒Oゎ → おはようは


∧”w∟⊂ぃ → へんたい


ネ兄才×〒"├`ノ♪ → おめでとう


⊇〃めωナょ±ぁレゝ → ごめんなさい


使われ方と感情のニュアンス

ギャル文字は「かわいくする」「秘密めかす」だけでなく、感情の“厚み”を持たせる演出でもありました。

たとえば「ごめんなさい」を変換するだけで、文章全体が少し切なげに、あるいは本気度を込めて読まれます。


現代AIに解読不能な理由

多くのギャル文字は単なる変換ルールを越え、「発音」「見た目」「気分」など複数の感覚がミックスされた文脈依存型表現です。

したがって、言語というより“感性”で読むものであり、論理的に意味を特定できないという特性があります。


読者チャレンジ!

次のギャル文字は、なんと読むでしょう?


【問題】→『ぁリが㌧ゑ』


ヒント:「感謝を表す定番フレーズです」


(答えは次話コラムにて!)

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