第3話『カセットの裏に貼られた名前』

 実家の押し入れを整理していたとき、埃まみれのスーパーファミコンと、数本のゲームカセットが出てきた。灰色のプラスチックが黄ばんでいて、あの頃の熱を吸い取ったような手触りだった。


 そのうちの一本、『◯◯物語2』というRPGのカセットには、小さく名前が書かれた白いシールが貼られていた。

 「ひろき」──丸文字気味の平仮名で、たぶん小学生の字だった。


 僕に兄弟はいないし、親戚にもそんな名前の子はいなかったはずだ。おそらく、中古ショップで買ったものだろう。でも、まったく記憶にない。


 テレビにスーファミをつないで、カセットを差し込む。リセットボタンを押すと、懐かしい起動画面と、ピコピコ音が部屋に満ちた。


 「つづきから はじめる」


 セーブデータは三つ。そのすべてに「ひろき」という名前が入っていた。しかも、プレイ時間は三本とも違う。10時間、35時間、そして、99時間99分。


 気味が悪くなって、削除しようとした。だが、何度試しても消せなかった。リセットしても、電源を切っても、「ひろき」はそこに残り続けた。


 仕方なく、一番短いデータを選んで始めてみる。キャラクターの装備や所持品は、子どもらしい選び方で、回復アイテムばかり持っていた。

 「ようちえんのおまもり」──そんな名前のアイテムがあった。説明文には「まいにち いっしょに あそんでた」とだけ書かれている。


 そんなアイテム、僕の記憶するこのゲームにはなかったはずだ。


 ゲームを進めるうちに、NPCたちが奇妙なことを言い出すようになった。


 「ひろきくん、あそびにきたの?」

 「また いっしょに あそべるね」


 いや、今操作してるのは僕だ。


 違和感を抱きながら、町を抜けて、草原を越えた。ある廃屋の前で、画面が止まった。


 「ひろきの いえ」


 そんな場所、このゲームにあったか?


 中に入ると、画面が暗転し、ゆっくりと明るくなる。その部屋は、6畳くらいの和室で、押し入れと、小さなテレビ、そして、スーファミが置かれていた。


 まるで、今の僕の部屋だ。


 画面の中の主人公が、スーファミに手を伸ばしたとき、突然、スピーカーから音が流れた。


 「……かえして」


 それは、子どもの声だった。男の子。どこか遠くから響いてくるような、小さくて震える声。


 電源を切った。


 その夜、夢を見た。畳の上で、誰かがゲームをしている。背中しか見えない。でも、その手の動きはどこか覚えがあった。小さくて、ふるえていて、でも楽しそうで──。


 翌朝、再び電源を入れると、セーブデータは消えていた。「ひろき」の名前も、すべて。


 カセットの裏のシールも、いつの間にか剥がれていた。


 でも、押し入れの奥から、一本のマジックペンが転がり出てきた。インクは乾いていた。


 キャップには、小さく「ひろき」と書いてあった。


短歌:


  押し入れに 息をひそめて いる「ひろき」    記録の声が 夢より古い


✿ 沖 霞の感想


音が鳴るたび、誰かの気配が部屋に染み込んでいくようでした。

ゲームの記録は消せても、遊んでいた“誰か”の気配は、ずっと残るものですね。

あの「ようちえんのおまもり」は、誰のための記憶だったんでしょうか──。

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