第2話《くさむらの車》

昔、団地に住んでいたころ。

裏手の草むらに、ずっと動かない軽自動車があった。


ボディはくすみ、草に半分埋もれていて、

まるで“そこにあることを誰も見ないようにしてる”ようだった。


私はその車が、少し怖かった。

助手席に──

いつも、誰かが座ってる気がしたからだ。


だから、見ないようにしてた。

目をそらして、なるべくその前を通らないようにしていた。


ある日、一緒に遊んでいた友達が急に言った。


「ねえ……あれ、窓にシートかかってたっけ?」


私は答えられなかった。

そもそも、直視したことがなかったから。


友達は笑って近づいた。

そして、不意に声を潜めて言った。


「……え、中に──」


その声の続きを、私は聞いていない。


その日を境に、友達は変わった。

無口になって、目を合わせなくなった。


笑わなくなった。

団地の駐車場には、ぽつんと同じ型の軽自動車が戻っていた。


誰のものかも、いつからあったのかも、誰も話そうとしなかった。


いま、その団地はもうない。

建て替えられて、街そのものが変わった。


それでも私は、たまに夢を見る。

くさむらの奥に、あの車がある夢。


その中に、誰かがいるような──

そんな気がして、でも、まだ目は合っていない。


……まだ。


詠み札:


乗ってない はずの助手席に

くさむら越しの 眼が 追いかけてくる


あとがき:

昔の風景って、なぜか一部だけ“保存されてる”ことがある。

記憶の奥にそのまま残ってる景色が、ふと夢で現れる。

そして、そこに何かが“ずっといた”気がするとき──

それは、あの日から誰かが、目を逸らさずに待っていたのかもしれない。

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