幕間 四ツ谷の独白と大原との会話

 今日、探索者登録にやってきた少年──天霧幽理。

 一見すれば、どこにでもいそうな、ごく普通の子供だった。

 少し緊張して強張った顔と、場慣れしないおずおずとした受け答え。

 むしろ、あの年齢の初登録者としては平均的と言っていいだろう。


 だが、その彼が迷宮から戻ってきたとき──

 私は思わず言葉を失いかけた。


 外見はほとんど変わっていない。

 けれど、露出していた腕に一目で分かる異変があった。

 探索前は細くて頼りない印象だったのに、戻ってきたときには不自然なくらい締まった筋肉が浮かび上がっていた。

 その形は無駄のない彫刻のようで、長年の修練を積んだ武術家にも劣らない。

 ──膂力強化スキルで筋肉そのものが変質する例など、これまで一度も報告にない。

 あの種のスキルは「リミッターを外して馬鹿力を発揮する」だけのもので、身体の構造そのものを書き換えるなど、常識的には考えられないはずだ。


 そして、持ち帰った討伐記録にも目を疑った。

 【魔兎ラビット・ガスト】六羽、【魔猪オーク・ボア】二頭。

 初めての探索者が相手にするには、あまりにも規格外だ。

 魔兎は素早く初心者には捉えにくく、仕留めるだけでも精一杯の相手。

 まして魔猪は、攻撃力も防御力も中堅探索者が複数人で挑むほどの手強さだ。

 それを──彼は、たった一人で討伐して戻ってきた。


 さらに不可解なのは、帰還のタイミングだ。

 通常、膂力強化系スキルの探索者は二時間ほどは活動可能とされる。

 しかし幽理は、わずか一時間足らずで空腹の限界に陥り、戻ってきた。

 裏を返せば、それだけ尋常でない出力で戦闘を行った証だろう。


 これまで組合に登録されている膂力強化系スキルは、唯一【剛力】のみ。

 スキルは甲乙丙丁の四段階に分類されており、剛力は持続負荷の大きさから丙種として認定されている。

 だが幽理の取得した《怪力》は、その上位互換と見て間違いない。

 乙種相当の性能を秘めているはずだ。

 ただ、甲種にまで及ぶかどうかは未知数だ。代償が大きすぎる可能性がある。

 少なくとも、丙種に括るには余りにも規格外だった。


 ……この少年は、迷宮探索の常識を変える存在になるかもしれない。

 未知の、あるいは“人類の上澄み”とも呼ぶべき力。

 その可能性に、背筋がかすかに震える。


 しかし、同時に小さな誇りも疼いた。

 この職場で、この目で、そんな原石を迎え入れることができたこと。

 そして、彼の成長を見守り、支えていける立場にあること。


 探索者というのは誰もが最初、無知で未熟だ。

 だからこそ、支える私たちが必要なのだ。



 幽理が探索者組合の建物を出ていった後、受付カウンターで整理業務をしていた四ツ谷は、ふと後ろに気配を感じて振り返った。

 販売部の大原が、帳簿を脇に抱えながら低い声をかけてくる。


「四ツ谷ちゃん、あの子……天霧って子じゃが、ちと様子がおかしくなかったかの?」


「……やはり、大原さんもそう感じられましたか」


 四ツ谷は軽く頷いた。

 大原の目にはわずかに警戒の色がにじんでいた。


「最初に見たときは、本当に普通の少年でした。

 でも、迷宮から戻ってきた後の筋肉の変化……まるで別人のようです。

 さらに討伐の成果も、初心者とはとても思えない数でした」


「じゃろうな。ワシも武器を選ぶときに握りを見たが、あれは素人の構えじゃなかった。

 重心の置き方ひとつとっても、まるで何年も振ってきたかのようでな」


「本当に、初めての探索のはずなんです。

 ただ……スキル適応の副作用か、異様に早い空腹症状も確認しています。

 おそらく短時間で限界まで力を引き出したのでしょう」


「まるで、何かに急かされとるようじゃな……」


 大原のしわの刻まれた声に、四ツ谷は小さく肩をすくめる。


「……正直、怖いです。

 もし深層に挑むようになったとき、その代償に彼の体が耐えられるのかどうか……」


「まぁ、わしらにできるのは見守ることだけじゃ。

 子供は伸びもするし、折れるのも早い。

 支えてやれるのが、わしらの務めじゃけぇの」


「ええ……。だからこそ、見届ける責任があります」


 二人の言葉のあいだに、ひときわ静かな沈黙が落ちた。

 その沈黙には、少年のこれからを憂う大人のまなざしが、静かに滲んでいた。

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