第1話 モンスターズZの世界!?
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――モンスターズZ。
ストーリーは暗くてビターエンドばかり故、賛否が分かれやすい。しかし育成したモンスターで、ユーザー同士が戦えるゲーム性は評判が良かった。
おぞましいモンスターのデザイン。暗いストーリー。時代に逆らう様なドット絵。無駄に攻略難易度が高く、序盤の敵すら簡単には倒せない。
そんな逆張りを極めた様なゲームに、僕は夢中になっていた。
気が付けば、二年に一度行われる世界大会で優勝していたくらい、のめり込んでいた。
モンスターを育成。可愛い主人公やライバルキャラ。やり込み要素。強いモンスターと戦いながら冒険。男の子が大好きな物が詰め込まれている。
その上、定期的に新章が追加され、モンスターも追加されている。
だから今日も一日中暇さえあれば、モンスターズZをやり込んでいた。
僕もこんな世界で冒険できたら、ニートになんてならず済んだのに。そう思っていたら――パソコンの画面が発光し始めて真っ暗な部屋を包み込む。
「…………は?」
気が付くと目の前には見知らぬ景色が広がっていた。
高層の建物なのだろう。無駄に眺めの良い。眼下にはベネチアの様に水路や橋が多く、石造りの建物ばかりで、日本ではないと一目で分かる。
夕焼けで橙色に街が染まっており、後ろを振り返れば、下校時刻なのか学生の格好をした子達が、階下に進んでいる姿が見えた。
僕は状況は呑み込めず、自分の格好を確認する。周囲の学生と同じ制服、そして指には見覚えのあるリングが――。
「…………ッ!」
これは〈収納リング〉だ。間違いない。
〈モンスターズZ〉で出てきた、魂を収納するアイテムだ。
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ドキドキした鼓動を抑えながら、学園を出る。さりげなく窓ガラスで自分の姿を確認すると、そこには何となく見覚えのある姿。
白い髪。中背。整った顔立ち。
――天衣ショウ。ライバルキャラの天衣シノンの兄だ。
どうやら僕は天衣ショウに転生してしまったらしい。あまり強くないが凄く嬉しくて、心の中でガッツポーズを取る。
何せ作中一の美少年だ。ライバルキャラの兄だけあって、無駄に顔が良い。やはりゲームはイケメンキャラに限るなと、僕は人気の少ない場所に向かった。
「あ……」
間抜けな声。僕は自分の何気ない行動の浅はかさに気づいてしまう。ここは異世界。明らかに日本より治安が悪いのだ。
「チッ……」
建物の傍でたむろしている強面の男達は、敵意を込めた視線を向けている。僕はビクッと肩を震わせ、縮こまる様にして走った。
その弱気な様子が面白かったのか、強面の男は「おい……!」と声を掛ける。
「…………」
ギギギと音を立てそうな、ぎこちない動きで僕は後ろを向いた。昔から怖い顔の人が苦手なのだ。喧嘩が弱くて、よく虐められていた僕にとって、今の状況は数々のトラウマを呼び起こす。
「…………」
どんな目に遭わされるんだろう。モンスターズZの世界は、めちゃくちゃ治安が悪い事を知る僕は体の震えが止まらない。
死んじゃうかも知れない。そう考えていた時、僕の体から薄らと〈オーラ〉が出る。
「「「…………ッ」」」
強面の男達が一瞬絶句して、「逃げるぞ……」「すまん……」と小さく言い合い、その場を立ち去った。
「…………」
一人取り残された僕は、自分の手を見てオーラを確認する。まだ体の内から湧き出せそうだと思いながら、自然と確信していた――。
これ……、ゲームで鍛えた能力を引き継いでるな、と。
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「――出て来い」
水路橋の真ん中で僕は言う、リングに魔力を込めながら。
「にゃ……?」
空気が揺れると同時に、ネコマルが目の前に現れる。ネコマルは黒い毛並みで、体長20センチくらいのデブ猫。短い足でトコトコ可愛く歩く姿と、フワフワの尻尾が特徴だ。
「か、可愛いなぁ!」
思わず僕はネコマルを抱き締めた。ゲームでも主力メンバーとして使っていた子だ。見た目も可愛くて、グッズも親の金で沢山買っていた。
それくらいネコマルが好きだった。
「…………」
ネコマルは戸惑った様子で、鬱陶しそうにしつつも抱き付かれる事を受け入れている。でもあまり懐いていないのだろう。半眼で不愛想な表情。小さな足を使い、若干僕を押し退けようとしている。
「そっか。まだ懐いていないのか……」
気づくとそっと僕は、ネコマルを地に置いた。そして困る、リングへの戻し方が分からなくて。
「仕方ない」
道を歩く人達がチラチラ視線を向けてくるが、お構いなしの僕は教科書を広げた。運が良い事に、この世界のショウはテイマーの教科書を持ち歩いていた。
ショウは勤勉なのだろう。細かく重要な部分に線が引かれ、丁寧に補足が書き足されている。テイマーの教科書は都合の良い事に、数学の参考書に似ていた。最初や後ろの方に、ザックリとした振り返りの知識が記されている。
中級の教科書だったが、初級の知識も学ぶことができそうだ。
「…………にゃ」
放置されたネコマルは、橋で寝そべり寛いでいる。
「…………」
テイマーは言葉に魔力で命令式を編み込み、モンスターに動きを指示する。その命令式を学ぶには、通常それなりの時間を要する。
しかし僕は既に効率よく命令式を編み込むコツや裏技は、〈命令式説明書〉で予習済みなのだ。定価4000円な上に、624ページほど長々と記されている説明書だったが、当然僕は読み込んでおり暗記済み。
ゲームのプレイには全く必要のない知識だったが、モンスターズZを愛する身として暗記する程度は造作もなかった。
「よし。何となくわかった」
三時間は経過していた。既に辺りは暗い。隣でスヤスヤと寝ているネコマルを抱きかかえて、僕は森に向かう。
「ネコマル。冒険の時間だ」
そう言って、僕は胸を高鳴らせた。
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魔力で目を強化し、夜なのに森の中がハッキリとよく見える。
というか満月で雲もなく、わりと明るい。
「…………」
怖がるネコマル。周囲を警戒しながら、チラチラと僕の方を見ている。
「大丈夫。大丈夫」
ネコマルを抱き抱え、頭を撫でながら僕は笑う。
「ブン!」
目の前にコガネイルという、巨大カナブンみたいな見た目のモンスターが現れた。体長50センチで凄く気持ちが悪い。
「…………」
震えるネコマル。嫌だ嫌だと僕の胸に頭を擦り付け、コガネイルを怖がっている。何かトラウマがあるのだろうか、凄く震えている。
とはいえ、戦って貰わないと僕は死ぬ。
「――行ってこい! ネコマル!」
ネコマルを持ち上げ、僕は声を張る。命令式は声を張ったり、手を振り払うなど動作を加える事で、より強力に働く。
特に僕の命令式は平均的なテイマーの約3倍は、細かく編み込んでいるはずだ。このゲーム序盤で出てくる様な敵には、申し分ない強力な命令式と言える。
優れた命令式に従いモンスターが立ち回れば、それだけ〈会心〉や〈回避〉の隙も見つけやすくなる。
僕は教科書を読んだ限り、変な命令式は組んでいない。あくまで最初は従順に無難な命令式を編み込んでいる。それなりに〈会心率〉や〈回避率〉を上昇出来ているはずだ。
「にゃ……」
驚く様子のネコマル。今まで感じた事のない命令式の感覚。恐怖による震えが止まり、チラリとネコマルはコガネイルを見た。
勝てるかも知れない。そう思ったのか、ネコマルはもぞもぞと体を揺らし、僕の手から抜け出すと、コガネイルと向き合う。
「にゃ」
やる気を見せたネコマル。僕は「ガンガン行け」と言い、命令式を上書きする。雑な言葉だが、当然細かい命令式を編み込んである。
「…………ッ!」
そして――自分の力をモンスターに付与する感覚に襲われた。
「なるほど。これが……」
実際にやってみて感覚的に理解する、テイマーによるモンスター強化を。
これはゲームでも説明されていた事だ。近距離攻撃、遠距離攻撃、防御力、素早さといった基礎能力がモンスターにはあり、それをテイマーは強化できる。
これをゲームだと〈テイマー補正〉だと表記されていた。
僕のテイマー補正は、ゲームの通りなら――。
〈テイマー補正〉
基礎能力99%上昇。体感時間強化99%上昇。種族スキル強化99%上昇。レベルアップ時の魔力値99%上昇。
莫大なオーラが体から迸る。コガネイルは僕のオーラを見て、ガタガタと震え始めた。そしてネコマルもまた、「にゃ……?」異常な能力の強化に狼狽えた様子。
「ぶん……」
コガネイルが羽を広げ飛び立とうとした。瞬間――。
「にゃ!」
命令式に従い、ネコマルがコガネイルに接近。
「…………グキャ」
変な声を出し、腹を突進でぶち抜かれたコガネイルが散る。ぐちゃぐちゃになった肉片が草むらに転がり、ネコマルは「…………!」体をぶるぶると震わせて、血を振り払う。
ネコマルが魔力で一瞬薄らと光る。恐らく魔力で体を洗浄したのだろう。ゲームでもモンスターは体の汚れを気にして、魔力で洗浄する個体が多いと記されていた。
「よくやった」
ネコマルの体にステータス板を押し付ける。
「なるほど」
ステータス板は定規みたいな見た目の魔道具であり、1から10まで数字が刻まれている。ネコマルに押し付けたステータス板は、一から二の途中で光が止まっていた。この光は得た経験値、数字はレベルを表している。
つまり、今のネコマルはまだレベル1という訳だ。どうやらこの世界のショウもゲームの設定通り落ちこぼれだったらしい。
というか、モンスターのレベル上げを後回しにして、勉強に力を入れていたみたいだ。
学園で実技試験はあるはずだが、レベルは抜きにテイマーとしての技量を試されるらしいから、勉学を優先するのは確かに合理的と言える。
だが勿体ない話だ。こんなにモンスターがうじゃうじゃいる楽しそうな世界で、家に引きこもり、チマチマ勉強するだなんて理解し難い。
僕ならモンスターをテイムした途端に、森に向かう。現に今、僕は自宅を探そうともせずに森まで来ている。
「よく頑張ったな。偉いぞ」
ネコマルに顔を押し付け、僕はフワフワな毛の感触を堪能する。夢にまで見たネコマルの感触。多少嫌がられても、顔を押し付けるのを辞める気になれない。
「にゃ……」
諦めた様に、ネコマルはぐったりとしている。相変わらずの半眼で不愛想な態度だが、もう抵抗する気力もないらしい。
――――――――
〈あとがき〉
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