第3話:春の灯りのように

別れてから、三年が経った。


 偶然だった。駅のコンコース。

 春の雨上がり、群青の空の下。


 「……久しぶり」


 声をかけたのは、彼だった。

 あの頃と変わらない笑顔。けれど、どこか少しだけ大人びていた。


 「うん、久しぶり」


 私も笑った。心のどこかに、ずっと引っかかっていた棘が、ふっと取れた気がした。


 彼はデザイン会社で働いていて、もうすぐチームリーダーになるらしい。

 私は小さな雑貨店で働きながら、好きだったアクセサリー作りを続けている。


 「君、昔と雰囲気が変わったね。やわらかくなった」


 その言葉に、少しだけ胸が締めつけられた。

 前の私は、そんな風には見えていなかったんだろうか。

 でも、彼がそう感じてくれたことが、素直に嬉しかった。


 「あなたも。優しさが、あったかくなった」


 あの頃の彼は、優しすぎた。

 私の心の隙間に、正確に指を入れてしまうような怖さがあった。

 今の彼は、優しさを差し出しながらも、境界線を大切にしてくれる人になっていた。


 「どうしてる? 幸せ?」


 彼の言葉は、とてもまっすぐだった。


 「うん。幸せだよ。あなたは?」


 「うん。僕も。ようやく、自分を好きになれるようになった」


 沈黙が、少しだけ流れた。

 でも、それは居心地の悪いものじゃなかった。


 「じゃあ、そろそろ行くね。電車、来ちゃうから」


 彼が手をあげたとき、私はふと思った。


 もしこの人と、今、初めて出会っていたら――

 私はもう一度、恋をしてしまったかもしれない。


 でも、それは「もしも」の話。

 私たちは一度、終わった。

 だからこそ、今こうして、笑い合えているのだと思う。


 振り返らず、改札を抜けた背中に、心の中でそっと呟いた。


 さよなら、そしてありがとう。


 あの優しさに、出会えてよかった。

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