第2話:気づいてほしくなかったのに

前髪をほんの少しだけ切った。

 理由なんて、特にない。ただ、何かを変えたかっただけ。


 鏡の中の自分は、変わったようで、変わらない。

 でも、彼はすぐに気づいた。


 「今日、少し前髪切ったんだね」


 その一言に、胸がぎゅっとなった。

 嬉しいわけじゃない。むしろ、少し……怖かった。


 「よく気づいたね。ほんのちょっとなのに」


 そう笑って返したけれど、本当は気づかれたくなかった。

 今日はピアスも変えた。ネイルも塗り直した。

 全部、試すように。


 彼が気づくのを、試していたわけじゃない。

 ただ――

 もう彼のそばにいる自分が、どこか違和感でいっぱいで。

 なのに、それをうまく言葉にできないまま、時間だけが過ぎていた。


 彼は今日も、何も変わらず優しかった。

 私の小さな変化を見逃さず、笑顔で褒めてくれた。


 でも、そのやさしさが、私にはもう…つらかった。


 気づいてるの? ねえ。

 私の気持ちが、少しずつ離れていること。

 もう恋じゃなくなってしまっていること。


 そんなはずじゃなかった。

 好きだった。心から。

 彼の繊細さも、やさしさも、全部、抱きしめたくなるほどだった。

 でもいつの間にか、私は「気づかれること」に疲れはじめていた。


 私が落ち込んでいても、隠していても、彼は見抜いてしまう。

 笑ってごまかしても、全部。


 まるで、私の心の奥をのぞいてくるようで――

 怖かった。


 人って、ずっと隣にいられるほど、強くないのかもしれない。

 好きだけじゃ、守れないこともある。


 彼が言った。

 「さよならを言うのは、僕からにするよ」


 胸の奥がズキンとした。

 でも、やっぱりそうなんだろうな、って思った。


 私は黙って、笑った。

 涙は出なかった。きっと、もう泣き尽くしていたんだと思う。


 ありがとう。

 ごめんね。


 それだけが、本当に伝えたかったこと。

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