少女と機械と再起動の旅 ─RE:BOOTED SEA─
deyo
第1話 赤髪の少女と水平線
ゆっくりと沈んでいく私の体は、
まるでこの世界に溶け込むように、水底へと溶けていった。
静かな波の奥で、ふと──誰かの声が、かすかに聞こえた。
「──」
声を返そうとしても、できない。
音も、光も、感覚さえも遠ざかっていく。
私はただ、薄れていくばかりだった。
そのとき。
ぽちゃん──
誰かが、何かを水に投げ入れた音がした。
*
小さなベッドが、きしりと音を立てる。
船体の揺れに合わせて、壁に吊るした装飾や道具がかすかに鳴った。
ぐらり、と船室全体が波に揺れるたび、夢の世界から無理やり現実へと引き戻される。
薄目を開けて、ぼんやりと天井を見つめる。
さっきまでの不思議な夢の感覚をたぐろうとするけど──すぐに、どうでもよくなった。
「……う、……気持ち悪……」
胃の奥から湧きあがる不快感を吐き出すように呟き、頭をぐしゃぐしゃとかきながら、壁にかけていた薄布を手繰って羽織る。
机の上に置きっぱなしだった双眼鏡をつかみ、ドアを乱暴に開け放った。
風が私の赤い髪と耳を撫でる。
潮の匂いが鼻をつき、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
思い出すのは、あの島の浜辺。
まだ子どもだった頃の私が、水平線の向こうに手を伸ばしていた記憶──。
私が生まれ育ったのは、小さな島だった。
緑と海の青に包まれた、本当にきれいな場所。
けれどそこには、「外の者と関わってはならない」という掟があった。
それでも、島の人たちはあたたかくて、私のことを大切にしてくれた。
私は双眼鏡を覗き込み、数秒の沈黙のあと、小さく呟く。
「……何も、見えないか」
見渡す限りの水平線。
それは、故郷で見た景色と変わらないものだった。
「どうして、外の人と仲良くしちゃいけないの?」
小さかった私は、何度も大人たちに尋ねた。
そのたびに返ってきたのは、決まって同じ言葉だった。
「外の世界には、恐ろしい“化け物”がいるんだよ」
「昔、島の者が何人も攫われていった」
「だから、外へ出ちゃいけない。それが掟なんだ」
私は、うなずいて見せた。
納得したふりをして。
でも、胸の奥ではずっと火がくすぶっていた。
このまま何も知らずに、一生を島で過ごすなんて──どうしても、我慢できなかった。
そして今、私はこうして──たったひとり、波に揺られている。
外の世界へ旅立ってから、おそらく丸一日は経った。
見渡せば、ただ海だけが広がっている。
故郷の島も、もう見えない。
風も、空も、どこまでも同じ。
最初は新鮮に見えたこの景色にも、少しずつ飽きが出てくる。
食料も水も、まだ余裕はある。
全部尽きるまで、まだ数週間はもつ。
──それでも私は、急がなきゃいけない。
最初はただ、知りたかったんだ。
「外の世界って、どうなってるんだろう?」
けど今は、それだけじゃない。
島を救う手がかりを──どうしても、見つけなくちゃいけない。
島では、原因不明の自然災害が繰り返し発生するようになっていた。
地鳴りのような揺れ、突風、空を覆う砂の波。
それに続く飢餓と寒さが、少しずつ、確実に私たちの生活を蝕んでいった。
おじいさんが眠るように目を閉じた日も、
おばあちゃんの笑顔が見られなくなった日も、
今でも昨日のことのように思い出せる。
私は、なんとかしなくちゃいけない。
島が沈む前に、真実を突き止めなければ。
きっと、この世界にはまだ私たちが知らない“理由”がある。
「行かないで、マキナ」
──何度もかけられた声が、まだ耳に残っている。
……それでも、私は振り返らなかった。
──双眼鏡の奥に映るのは、今日も変わらない海。
だけど、なぜだろう。
その先に、何かが待っているような気がしてならなかった。
小さな船は、まだ何も知らない世界へと、静かに進んでいく。
少女の名は──マキナ。
これは、彼女が旅の果てに辿り着くもの。
忘れられた記憶と、機械たちの残響をめぐる、ひとつの記録。
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