少女と機械と再起動の旅 ─RE:BOOTED SEA─

deyo

第1話 赤髪の少女と水平線

ゆっくりと沈んでいく私の体は、

まるでこの世界に溶け込むように、水底へと溶けていった。


静かな波の奥で、ふと──誰かの声が、かすかに聞こえた。


「──」


声を返そうとしても、できない。

音も、光も、感覚さえも遠ざかっていく。

私はただ、薄れていくばかりだった。


そのとき。

ぽちゃん──

誰かが、何かを水に投げ入れた音がした。



 


小さなベッドが、きしりと音を立てる。

船体の揺れに合わせて、壁に吊るした装飾や道具がかすかに鳴った。

ぐらり、と船室全体が波に揺れるたび、夢の世界から無理やり現実へと引き戻される。


薄目を開けて、ぼんやりと天井を見つめる。

さっきまでの不思議な夢の感覚をたぐろうとするけど──すぐに、どうでもよくなった。


「……う、……気持ち悪……」


胃の奥から湧きあがる不快感を吐き出すように呟き、頭をぐしゃぐしゃとかきながら、壁にかけていた薄布を手繰って羽織る。

机の上に置きっぱなしだった双眼鏡をつかみ、ドアを乱暴に開け放った。


風が私の赤い髪と耳を撫でる。

潮の匂いが鼻をつき、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


思い出すのは、あの島の浜辺。

まだ子どもだった頃の私が、水平線の向こうに手を伸ばしていた記憶──。


 


私が生まれ育ったのは、小さな島だった。

緑と海の青に包まれた、本当にきれいな場所。


けれどそこには、「外の者と関わってはならない」という掟があった。

それでも、島の人たちはあたたかくて、私のことを大切にしてくれた。


 


私は双眼鏡を覗き込み、数秒の沈黙のあと、小さく呟く。


「……何も、見えないか」


見渡す限りの水平線。

それは、故郷で見た景色と変わらないものだった。


 


「どうして、外の人と仲良くしちゃいけないの?」


小さかった私は、何度も大人たちに尋ねた。

そのたびに返ってきたのは、決まって同じ言葉だった。


「外の世界には、恐ろしい“化け物”がいるんだよ」

「昔、島の者が何人も攫われていった」

「だから、外へ出ちゃいけない。それが掟なんだ」


私は、うなずいて見せた。

納得したふりをして。


でも、胸の奥ではずっと火がくすぶっていた。

このまま何も知らずに、一生を島で過ごすなんて──どうしても、我慢できなかった。




そして今、私はこうして──たったひとり、波に揺られている。

外の世界へ旅立ってから、おそらく丸一日は経った。


見渡せば、ただ海だけが広がっている。

故郷の島も、もう見えない。


風も、空も、どこまでも同じ。

最初は新鮮に見えたこの景色にも、少しずつ飽きが出てくる。


食料も水も、まだ余裕はある。

全部尽きるまで、まだ数週間はもつ。


──それでも私は、急がなきゃいけない。


最初はただ、知りたかったんだ。

「外の世界って、どうなってるんだろう?」


けど今は、それだけじゃない。

島を救う手がかりを──どうしても、見つけなくちゃいけない。


 


島では、原因不明の自然災害が繰り返し発生するようになっていた。

地鳴りのような揺れ、突風、空を覆う砂の波。


それに続く飢餓と寒さが、少しずつ、確実に私たちの生活を蝕んでいった。


おじいさんが眠るように目を閉じた日も、

おばあちゃんの笑顔が見られなくなった日も、

今でも昨日のことのように思い出せる。


私は、なんとかしなくちゃいけない。

島が沈む前に、真実を突き止めなければ。


きっと、この世界にはまだ私たちが知らない“理由”がある。


 


「行かないで、マキナ」


──何度もかけられた声が、まだ耳に残っている。


……それでも、私は振り返らなかった。


 


──双眼鏡の奥に映るのは、今日も変わらない海。

だけど、なぜだろう。


その先に、何かが待っているような気がしてならなかった。



小さな船は、まだ何も知らない世界へと、静かに進んでいく。

少女の名は──マキナ。

これは、彼女が旅の果てに辿り着くもの。

忘れられた記憶と、機械たちの残響をめぐる、ひとつの記録。

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