その思い出を置いて行かないで

 ”──私が危惧していること、伝わっていますよね?”

 ジュチの思念が直接レイネの意識に届く。


 ”──わかってる”

 表情は変えずにレイネは頷いた。


 ”万が一、に気付かれれば……。むしろ気づかれていると考えたほうが妥当だと思いますが”


 ”は『あーちゃん』を利用してくる。  その時、私の性格が必ず弱点になる”

 レイネはお茶を飲み、平静を装いながら考えを送り返した。


 ”よくおわかりで。──だから、後先考えず力を使わないように、と。もっと合理的に判断してください”


 ジュチの呆れた気配が、思念越しにひしひしと伝わる。

 レイネは小さく「ごめんなさい」と心の中でつぶやいた。


 ”謝って済む問題ではないですよね? 無策すぎます。そもそも杏殿の未来が確約されるわけでも無し。 時間改変も、実行する前に異世界こっちに戻って、安全確保してからするとか”


 ”──あ”


 ”あ。じゃないです。理知的に行動してください”


 ”──はい”


 ”私が先に来なかったら、どうするつもりだったんですか?”

 

 ”来てくれたじゃん”


 ”偶然です。運に頼らず、論理的に行動してください。いずれにせよ、潮時です。帰りますよ”

 

 ジュチの考えに従うのが正しい。

 レイネはそう思いながら、”せめて、杏とは明るく別れたい”と返した。




 「ねえ……ごめん、レイネ。やっぱり、私のせいだよね」

 杏の声は、ほんの少し震えていた。

 ジュチは首を横に振り、杏を見る。

「杏さんでしたかな? それは違います。今回の改編で、私が気づいただけです。そもそも、杏さんに気づかれないように、実は何回か歴史改変や時間コントロールをしています。子供と遊ぶとか、そんなことで」


 「……え?」

 レイネが素っ頓狂な声を上げた。

 「あれは、ライブラリから外したはずなのに」


 「改めててですが──未来予知も特殊能力もないお嬢様は、相当なアホですな」

 ジュチはしれっと言った。

 「カマかけたのね……」

 「まったく。その性格で、乗り切れると思いますか? それに、ルーゴルン様が心配しておられましたよ」

 「ルーが? あ、じゃあ帰ろうかな」

  レイネの顔がぱっと明るくなる。


 「帰ったら、『おかえり、レイネ』とか言って……ハグしてくれるかな?」

 恥ずかしそうに上目遣い。

 「知りません」とジュチは冷たく言った。


 「してくれるかな?」

 もう一度聞くレイネ。

 「しりまーせん」


 「して、くれるかな?」

 「はいはい。します、します」

 ジュチは諦めたようだ。


 「でへへ」

 レイネから変な音が漏れる。

 そして、くるりと杏の方へ向き直る。


 にやけている。

 明らかに、にやけている。

 その表情を、無理やり引き締める。

 だが、頬の筋肉は抑えきれず、口元はにやけたままだ。


 「あーちゃん、ごめんね。……私には、帰ってやらなければならないことがあるの」

 ハグだけど……と小さく聞こえた。


 にやにやが崩れきったその顔に、杏はとうとう吹き出してしまった。

 「レイネ、説得力がない」


 リビングに、ふっと笑いが広がった。

 しかし、その奥には、別れが近づいている気配がじわりと漂っていた。


 * * *


 帰るにしても。

 レイネは、ぽつりと言った。

 「いくつか、思い出を持って帰りたい」

 

 「──レイネ」

 杏の頭の中にも、その思いがよぎった。

 蕪島神社のソルトグラス。

 オーブの映り込んだ沢山の写真。

 お揃いの耳飾り。


 そして……

 「部屋のガンダム、何とかして」

 杏には一切、興味のないもの。

 いくらレイネの思い出の品だとはいえ、鉱石ラジオとか、ロボットのプラモデルとかやめて欲しい。


 「──え? ガンダム?」

 レイネは驚いた声を上げる。

 そして、?と言った。


 じゃぁ、アレ何よ。

 という話からレイネの部屋に行く。


 「これ、ガンダムでしょ!?」

 杏は部屋に並ぶプラモデル(未完成品の箱含む)を指す。

 「あー、これ? アッガイ」

 「あ、アッガイ?」

 「これは?」

 「シャア専用ザク」

 

 ──みんな一緒じゃないの?

 

 異世界に来たようだと杏は思った。


 その隣でジュチが言う。

 「おお、これがグフ」

 なぜか感嘆。

 「一緒じゃないの?これ?」

 杏は混乱した。


 「ちがうよー。諸元も違う」

 レイネが抗議の声を上げる。

 「ザクとは違うのだよ、ザクとは」

 一緒になってジュチが言う。


 「同じに見えるんだけど」

 「よくみてー、ほらこことか」

 その解説、要らない。

 杏は、『ツッコミが追いつかない』そう思ったときジュチが言った。

 「もう、これだから素人は……」


 ──って、あんた来たばっかだろ


 理不尽だ。

 杏は思った。

 

 「とりあえず、このガンダムとかは……」

 杏がそう言ったときレイネが遮る。

 「もう。アッガイ、これはグフ。こっちはイデオンで、これジェノザウラー。作品が違う」


 いや、わかんねぇし。

 話聞けよ。


 そんな杏おいて、異世界人達は別の話で盛り上がり始める。


 ね、ジュチ。

 ジェノザウラーって、ジュチぽくない?

 おお。

 今度、荷電粒子砲ー!!って薙ぎ払ってやりますか!


 別れの前だというのに、そんな雰囲気は一切なかった。


 「ちょっと、あんたたち。片付けなさい」

 杏は冷たく言った。


* * *


 レイネ達が、ガンダムとかを11次元ポーチに入れている間。

 杏はPCを立ち上げ、整理した写真のフォルダを開く。


 1,000枚近くになる画像の数々。


 異世界にはSDカードを開く端末も、そもそも電気も無い。

 印刷するしかない。


 ぱらぱらとめくり選別作業を進める。


 顔ハメパネルに映る変顔のレイネ。

 それは沢山の変顔。

 そして顔ハメパネル。


 変顔。

 パネル。


 変顔。

 パネル。


 変顔。

 パネル。


 オーブ。

 妖怪(座敷わらし)


 普通に写れんのかーッ!!


 涙で滲むディスプレイに向かって杏は、ツッコミを入れた。


 結局、青森で撮ったふたりのコスプレ写真。

 いくつかの何気ない切り取り。

 それらを印刷した。



* * *



 「あーちゃん、ゼクシィ貰っていい?」

 一通り片付け(11次元ポーチに投げ入れただけ)が落ち着いた頃、レイネが聞いてきた。

 

 「いいよ。レイネが買った本は持って行って……」

 「ありがと」

 レイネは本棚に向かう。


 そこには自分だったら絶対に買わないようなものが並んでいる。

 医学書、哲学書、法律関連、経済学、心理学。すぐできるマイクラ建築。


 「きっと、私が読んでも理解出来ないだろうし、読まないと思うし」

 「そっか。勿体ないな。自分の視点だけでは得られない事を得られるのに」

 レイネは寂しそうに言った。

 「それに、人生の迷い事の答えのほとんどは、古典に書いてある」


 名残惜しいなぁ。

 もっと知りたかったなぁ。

 レイネは、隙間が多くなった本棚を見ながらつぶやいていた。


 杏は印刷した写真を渡す。

 ありがとう。

 そう言ってレイネは受け取った。


 「少し前なのに、凄く懐かしい」

 写真に見入りながら、レイネはそう言った。

  

 しんみりとした空気。

 「お嬢様が、お世話になりました。振り回してばかりというのが想像に難くないですが」

 ジュチは次の行動を促すように言った。。


 「いえいえ。レイネにはいろいろ教えてもらいました」

 杏は言葉を選び、いろいろな事を伝えたかった。

 ──でも、伝えたいことが多すぎて、言葉が追いつかない。

 

 「レイネは、いつも優しくて。理知的で、頭のいい──」と杏が続けたときだった。


 「ファーーーーー!!」

 ジュチが吹き出した。

 「お嬢様が? 理知的? ファーーーーー!!」

 面白いことおっしゃいますな、ファーーーーー!!

 これは生きてきた中で一番面白い。

 いやぁ、杏どの。

 なかなかのセンス。

 カッカッカッカッと笑っている。


 異世界人達はいろいろと台無しにする。

 そう杏は思った。


 「あ、あーちゃん。服も持って行っていい?」

 ほんと人の気も知らない発言をしてくるな。

 空気読めよ──さらに杏は思った。


 「どうぞ」

 杏はため息つくように言った。


 ──ほんと異世界人は、感覚が異世界だ。


 「ナイトブラとメディキュットは必須よね!」

 旅行でも行くのかと思わせるようなノリでレイネは衣類を広げる。

 「ついでにレイネのコスメ一式も持って行って」

 杏はそう付け加えた。

 レイネは「ありがとう」と答えながら、際どいデザインの下着を広げ、でへへと言っている。

 


 「さてお嬢様。魔力付与します。同時に私もこの体から離れますので、外に出してください」

 ジュチの声が、部屋の空気を切り替えた。


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