第3話 命乞い
意識を取り戻した幼い美少女を見て銀髪の美少女は感嘆の声を漏らした。
「これは凄いね。神宿りを少し抑えただけで完璧に自我を取り戻すとは……かなりの精神力だ」
「ぅ……こ、ここは……?」
目を覚まして声の主の方を見る幼い美少女。彼女は周囲の屍の山を見て短く悲鳴を上げるが、すぐ隣にもう一人の幼い美少女を居るのを見て気を強く持った。
「花音……」
返事はない。目は開けているのにその目は虚空を捉えて声を掛けた少女の方を向くことすらしなかった。
「花音、しっかりして……! 逃げないと……」
小さな声で虚空を見据える少女に覚醒を促すが返事はない。その代わり、銀髪の美少女が嫋やかな笑みを浮かべながら声を掛けて来た。
「まぁ待ち給え。どうせ動けないだろうし、君たちの運命は彼に握られている」
「え……」
銀髪の美少女が示す先には苦り切った顔の男がいる。そしてフラッシュバックするこの場に来るまでの出来事。突然訪問してきた知らない男に両親を殺されて妹と共に誘拐された光景。恐ろしい記憶に思わず叫びそうになる少女だが、状況がそれを許してくれなさそうだというのは肌で感じ取ったらしい。何とか絶叫を飲み込んで目の前を見据える。
ただ、悍ましい記憶を思い出した幼い少女にとって、知らない男というのはそれだけで恐怖の対象だった。それでも、異常な状況であるというのは把握しているため、妹のためにも怖くても命乞いをしなければならない。
少女は意を決して男と、目の前に居る不思議な美少女に声を掛けた。
「お、お願いします……殺さないで……何でもします」
「ほら、彼女は死にたくないって言ってるよ? 助けたいんだろう? だったら、僕にお願いしないとね」
「分かってますよ……」
苦々しい顔でそう告げる男。幼い美少女、琴音は助かるかもしれない。そう希望を持ちながらもふと返事を返さない妹のことを見た。そこに居るのは愛らしい顔立ちをした自分の可愛い妹。
そのはずだが、一瞬吐き気すら覚える邪悪な何かを感じて琴音は思わず彼女の手を放してしまった。
「ッ!」
「ほー気付くんだね。確かにこれは特別な子かもしれない」
「な、何が……?」
感心した様子の銀髪の美少女に幼い少女は怯えながらも妹の身に何が起きているのか問いかける。すると彼女は事もなさそうに答えてくれた。
「ま、言っておくと君の妹かな? 彼女は邪神に憑りつかれているし君はその邪神の子を身籠りかけてる。僕としては殺してしまった方がいいと思うけど……」
そこで彼女は村井に目を向けた。彼は覚悟を決めた様子で銀髪の美少女に告げる。
「待った。金なら払う。二人を助けてやってくれ」
「そう言う訳でね。村井くんに感謝するといいよ。あ、村井くん村井くん。戻るのも急がないと間に合わないよね? 緊急転移は一度につき」
「分かってますよ! 三億きっちり耳揃えて払います!」
「ふふ。豪気なことだね。なら、利子は負けてあげよう」
楽しげに会話する銀髪の少女と自棄になっている様子の男。取り敢えず、話の流れからして男が銀髪の美少女に三億円払って自分たちのことを助けてくれるということらしい。だが、三億円なんて大金、両親を喪った彼女に支払う能力はなかった。
(ど、どうしよう……三億円なんて……でも、死にたくない……!)
怯える少女に銀髪の美少女は笑顔を向ける。
「さて、君たちは精々村井くんにありがとうとでも伝えて僕に治療されるといい」
「む、村井さん! ありがとうございます!」
「……あー」
慌てて立ち上がり、言われるがままに深々と頭を下げる少女。村井はそれを何とも言えない顔で受け取った。それを見届けてから銀髪の美少女は虚空に結んだ印に魔力を通し、札を使用して術を起動させる。
「飛ぶよ。忘れ物はないかな?」
「っ! 待った」
慌てて会衆席の机上にある三冊の本を回収した後に視線で転移を促す村井。銀髪の美少女はそれを訝し気な顔で見たが何も言わずに術式を行使した。
気が付くと村井たちは見知らぬ綺麗な部屋にいた。一行の中でただ一人この場所のことを知っている御伽林は村井に告げる。
「さて、僕はこの子たちの治療に入るとしよう。君は支払いをどうするか考えながら外で待ってるといい」
「どれくらいの時間がかかります?」
「……本人たち次第だけど、少なく見積もって三時間はかかると思うよ」
「分かった。一旦家に帰るとするんで……」
疲労感露わに三冊の本を片手に持ってそう言って立ち去ろうとする村井。そんな彼に御伽林は告げる。
「ここを出たら久遠が迎えに来ると思うから少しその場で待機するといい」
「ありがとうございます」
もう色々と嫌になっていたのでそう告げてさっさと退散しようとする村井だが、彼の持つ本を見て御伽林は尋ねて来た。
「その本、異界のものみたいだけど……君の世界の物かい?」
「みたいですね。ちょっと他言無用って言われてるんで詳しいことは言えませんが」
「……ま、神格の力が残ってる物だ。僕もとやかくは聞かないよ。ただ、支払いの方はきちんとしてもらおうか。じゃないと……ふふ」
「分かってます。後でどう支払えばいいか教えてください」
意味深に笑う御伽林に村井はそう告げて部屋を後にする。
(はぁ……大赤字だ。真面目に仕事して三億円損するってなんだよ……日本を救うには安いかもしれないけど、俺が行かなかったらあのナイ神父とか名乗ってた人外様が全部やってくれてた訳だろ? 単に俺が損しただけじゃねーか……)
綺麗な部屋を出て廊下に立っていると慌てた様子で長く癖のない黒髪をした美女が飛びこんできた。彼女のことを村井は知っている。今、彼の事を有料で助けてくれた銀髪の美少女の弟子、久遠だ。
「ししょ~! 実験の途中でいなくならないでくだ……って、師匠じゃない!? 村井さん、師匠のお部屋に何の用ですか!?」
黙っていればクール系の非常に整った顔立ちの美女だが、口を開けば喧しい。村井は疲れているのを隠さずに彼女の問いに答えた。
「……緊急転移を使われてよく分からないままにここに来た。帰り道を」
「あ、そうなんですね。だったら廊下を突き辺りまで真っ直ぐ行ってください。どの部屋も覗いたら駄目ですよ? 突き当りについたら右手に玄関があるので、そのままお帰り下さい。家を出た後ならGPSが復活すると思うんで地図アプリでも使って普通に帰ってください」
雑だな。そう思ったがそれを口にすると更に喧しくなるのは知っているので無言で久遠の傍を通り過ぎて家を出る。
「この施設だったか……」
外に出てみれば見覚えのある外観の家だった。御伽林という表札がかかっている門を抜け、道路に出た村井は村井はスマートフォンに電波が届いているのを確認すると諸角に連絡を入れる。電話は数コールですぐにつながった。
『もしもし? 諸角だ。終わったか?』
通話相手の諸角は端的に用件を告げる。そのため、村井も同様に端的に答えた。
「あぁ、迎えは要らない。例の場所には処理班を送っといてくれ。儀式は止めた」
『ほー、ご苦労さん。これで晴れて自由の身だな? おめでとう』
全く祝う気のない口調で告げられた祝福の言葉。村井は笑いながら受け取っておくが内心では本当に自由になれるのか微妙なところだと思いながら通話を終える。
「帰るか……」
朝から続いていた雨はいつの間にか止んでいた。しかし、空はまだ曇天。また雨が降り出す前に帰ってナイ神父と名乗った男から渡された本を読もう。そう思いながら村井は今出て来た施設を地図アプリで住所登録した後に一度家に帰るべく足早にこの場を離れてタクシーを呼ぶのだった。
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