第2話 黒神父
村井が発見した少女は二人。村井が御伽林から買った魔具が示す生存者の数と一致している。村井は念のため警戒しながら二人に近づいた。
一人はどうやら気を失っているらしく、何かに魘されているようで可愛らしい顔を苦悶に歪めている。もう一人の少女はそんな魘されている少女のことを何とも思っていないように無表情に見るばかりで特に何もしようとしていなかった。
少女二人に共通して言えるのはその顔立ちの美しさだ。長い黒髪をした二人の美貌は正しく美少女と呼ぶに相応しい過剰なまでの愛らしさを秘めている。警戒していたはずの村井が思わず警戒心を解いて庇護欲に駆られてしまったほどだ。
(……人間、だよな?)
あまりの美しさを持つ二人を逆に警戒しながら村井は少女たちに近づく。見た目に惑わされて判断を誤ると死に直結する世界だ。警戒は当然のこと。
しかし。
「そんなに怯えてどうしたんだい?」
「!?」
村井の警戒を嘲笑うかのように背後に突然人の姿をした何かが現れた。咄嗟に銃口を向ける村井に対しそれは嘲笑以外の何物でもない笑みを浮かべる。
「ん~? ちょっと面倒臭そうな魔女のペットかぁ」
そこに現れた青年はそう呟く。村井は見たことがない相手だ。第一印象は全身が黒に覆われているというものだが、遅れてその整った顔立ちに目が向く。少なくとも村井はこんな美青年を知り合いには持っていなかった。
「……あんたは誰だ?」
どうせこの場に現れた手法、そして纏う空気からして碌な存在ではないことを覚りながら村井はその男に問いかける。彼は笑いながら答えた。
「そう、だね。まぁこの姿で呼ばれることが多いのはナイ神父かな?」
「そうですかい……じゃあナイ神父様。こんな気味の悪い空間に何用ですかねぇ? 出来れば見逃してくれると嬉しいんですが」
「ん~……」
銃口は向けたまま、村井は恐らく人外と思われるその美青年の姿から目を逸らさずにそう告げる。彼は考える素振りを見せたがやがて笑みのまま答えた。
「いいよ。そっちの方が、面白そうだ」
「……助かりますねぇ」
思いの外、軽い承諾に村井は逆に警戒を強める。何の用もないのにここに来たとは思い難い。ナイ神父から目を逸らさずにまるで熊と相対した人間のようにじりじりと後退りする村井。そんな彼にナイ神父は笑いながら告げた。
「大丈夫大丈夫。本当に別に君をどうこうするつもりはないさ。僕はただ、この世界の役目に沿ってそこで寝てるヒロインを迎えに来ただけだ」
こちらを嘲るような笑みを浮かべたままナイ神父はそう告げる。だが、続く言葉は大袈裟なまでにうんざりした様子を見せびらかせながら言った。
「だけど、いい加減同じ演目を繰り返すのにも飽きて来てね。君がその子たちを引き取ってくれれば……少なくともこの世界の僕は楽が出来る上、この周辺の世界と違う面白そうなものを見れそうでいいかもしれないと思ってるよ」
黒い男の指が示す先を横目で一瞬だけ見て確認する村井。そこにいるのは可哀想な二人の美少女たちだけだ。村井が無言を保つとナイ神父はあざとく首を傾げた。
「あれ? 君、外の世界から来た魔女のペットだよね? いまいち僕の言葉にピンと来てないみたいだけど」
「……何で知ってるのか知らないが、概ね合ってる」
概ね、というのは別に魔女のペットというわけではないことから来ている。本来であれば断じて否定したいところだが、何が相手の攻撃性を抑えているのか分からないため今回はそれを認めざるを得ない。
村井がそんなことを考えているとナイ神父は更に首を傾げていた。
「んん~? 何か様子がおかしいな」
「……何がだ?」
「君さ、ヒロインが可哀想だから助けに来たナイト様なんじゃないの?」
質問の意図が呑み込めず、一瞬だけ考えるために目を細めてしまう村井。ナイ神父は面倒臭いと感じたのか妖しく目を光らせ……次いで、笑い始めた。
「アハハハハハハハ! 壊れた世界の道化役と思ってたが、今回はまた新しい世界の道化役か!」
「何の話」
「知らないんだよねぇ? いや、これは滑稽! アハハハハハ! いや、いい。君の話だったね」
世界を嘲笑うかのような哄笑を上げていたかと思うと一瞬で真顔になるナイ神父。彼は村井が銃を構えているのにもかかわらず、自由に動いて三冊の本を会衆席の机上に置いた。そして、その内の一冊の表紙が村井に見えるように手に取って見せる。
「ほら、これが君の世界で記された伝奇……この世界に救世主として来るに当たって君が読んでいなければならなかった本だ」
「……【昏き幽王の眠る町】?」
「そう。ここにはこの世界の未来が描いてある。簡単に言えば2023年に幽王が目を覚まして世界を滅ぼそうとするのを止めるっていう感じの未来だ」
机の上を滑らせて本を村井の方に渡すナイ神父。等速直線運動をするはずのその本は慣性の法則などを無視して村井のすぐ横で急停止する。
「後で読むといい。そこで今、神の子を宿す儀式を続けているヒロイン姉妹の過去がちゃんと載ってる。伝奇小説のお約束で酷い目に……おや? どうしたんだい?」
明らかに動揺した村井にナイ神父がそう尋ねると村井は隠さずに答えた。
「……今、さり気なく神の子を宿す儀式をしているとか言われたんでね」
「うん? そうだよ。妹の方が神の力を宿して姉が見ている夢を通して姉に神の子をそのものを宿す術をかけている。三十分もすれば姉から僕らの神話体系に属する神の子が生まれてこの国はお終いだね」
「ちょ……止めるには!?」
軽く世界の終わりを予言するナイ神父に村井は驚きながらそう尋ねた。しかし、ナイ神父は首を傾げる。
「君は魔女のペットだろう? ご主人様に聞けばいいじゃないか。僕から答えるのであれば姉妹揃って殺せばいいとしか……まぁ、あの二人が絶望のままに死んだら幽王が復活してそれはそれで日本中が大混乱すると思うけど」
「くっ……呼ぶしか」
「あ、君が魔女を呼ぶのであれば僕はもう帰るよ。その本は君にあげるから精々有効活用するといい。尤も、他言すれば世に混乱が満ちるとだけ教えてあげるけどね」
軽く笑みを浮かべてそう言い残すとナイ神父は何の前触れもなくこの場から跡形もなく消え去った。残された村井はその存在がこの場からいなくなったと見るとすぐにスマートフォンを取り出して電話をかける。
1コール、2コールと電話が鳴る。だが、相手は出なかった。
「く……出てくれよ、御伽林さん」
焦る村井。5コール辺りで電話が取られた。
「もしもし!」
『はい、師匠の電話です。村井さんですか?』
出たのは御伽林とは別の人物のようだ。知らない女性の声がしたが、村井はそれでも構わないと応答する。
「そうです! 今すぐに俺がいる場所へ御伽林さんが来れますか!?」
『少々お待ちください。代わりますので……』
早く出てくれ。村井が電話を握る力も強くなる。しかし、その必要はなさそうだった。
「……呼んだかい?」
「うわっ!」
声がしたのは電話先ではなく彼の後ろから。今日はよく背後を取られる日だな。そう思いながらも村井は安堵の息を吐いて後ろを向く。
そこには月光を束ねたかのような美しく長い銀髪に全てを見透かすような空色の目をした儚げな美少女が宙に浮いていた。彼女は村井と目が合うと尤もらしい顔をして告げる。
「さて、緊急転移を使用させたんだ。これは高いよ?」
「分かってます! 取り敢えずあの二人を何とかしてください!」
「ふむ」
美少女の空色の目が村井が示した方向に向く。彼女は首を傾げた。
「あぁ、神宿しの儀か。だが、わざわざ僕を呼ぶ必要はあったのかい? 普通に殺せばいいじゃないか」
「今回は特別なんですよ!」
「……ふーん。まぁ、いいけど……これを僕に治してほしいなら一人当たり1億円は欲しいかなぁ? 緊急手当てを含めて総額2億5000万円」
足元見て来やがる。さっきの黒い神父の言葉を信じるのであればあの二人に絶望が満ちると幽王が蘇って日本全体が危なくなるというのに何故、自分だけが被害を被らなければならないのだ。
そう思う村井だが、ナイ神父には他言無用と言われている上、この状況にお誂え向きの使っても生活に差支えのない金に心当たりがあった。
「く……」
「ふふ。最近、景気がいいみたいだからね? まぁ考える時間くらいはあげるよ」
そう言って銀髪の美少女は贄となっている少女の方に歩み寄る。そして彼女が何事か呟くと贄の少女は身を震わせて意識を取り戻すのだった。
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