第39話 別れと其々の想い

「ユピテリーナが?地球圏に?」


戦隊長室で肉食獣のぬいぐるみに抱きつきながら悶々とするリビドーをゴロゴロともて余していたあーしは切り替えシーン開幕の台詞のようにマリンぬ船長の報告を復唱してしまった。


……いつまでも進まない敵宙巡ヴァルナと愉快な仲間達の排撃に業を煮やしたニナイ中将参謀総長閣下がいよいよ乗り出してきた、つーことなのかしら?


『ユピテチーナを旗艦とした艦隊への編成がありますので合流に向かいます。ランデブーポイントは402738、今ですと大地と火星が並びかけているその中間になりますね』


「ふーん、わかった。ヴァルナは放置でいいのかな」


『恐らく追尾され合流を看破されると思われますが』


「……わかった、本艦はヴァルナを振り切るため外惑星方面への欺瞞航路をとる。目標は小惑星帯……今の季節だとx68b09Eが近いか、へ進路を取れ」


『わかりました。ユピテリーナへもそのように伝えます』


「ん」


切れた。




……はぁ、ゲツともお別れか……やるせないにゃあ……








「なに?ブリギットが転進?外惑星方面へ消えただと?」


切り替えシーンのお約束的な復唱セリフでバリドロム艦長がいぶかしむ。


「二分以内に最後の艦影を追えば方向と予測進路を計算出来ますが」


航行オペレーターの具申にバリドロムは僅かに瞑目し、首を振った。


「いや、これは僥倖だろう。月へ向かおう」


「月ですか……ジオテラーズのドックがありますが」


「うむ。奇襲で被った損害を建て直すチャンスだ」


「了解。目標、月。ジオテラーズ本社のドックへ進路を取ります。”全クルーに告げる。これより我が艦は……」


航行オペレーターが館内放送を開始する対面、重粒子観測班のオカッパ女子がため息と共に言った。


「かなりヤられましたからね……あの女の子には」


「ああ、乗り込んで来たときはどうしてくれようかと思ったが…あんな真っ直ぐな目をした子供とは」


「ダナーンズめ……いや、我々も言えませんね」


ゲツやユーミ達の年齢を思ったか、続けたかったであろう中傷は白んだ会話の間に消えていった。


その沈黙を軽く高らかな足音が掻き消すがごとく迫ってきた。


「ちょっと!なぜゾラを追わないんですか?!」


ブリッジに飛び込んできたゲツが、開口一番に叫んだ。


「このまま追い続けても損耗が進むばかりだろう、敵艦の転進は良い機会なのだよ」


「くっ、でも…だからってここで逃したら、もう!」


オペレーターの男がゲツに振り向いて言う。


「ん?それは二ュリーンとしてのカンかい?それとも只の色ボケかな」


「そんなん、両方に決まってんでしょ!」


怯むそぶりも見せず間髪入れずに開き直るゲツの叫びに、ブリッジ内は生暖かく平穏な雰囲気が広がっていったのであった。


そんなほんわか気分に水を指すかのように高い緊急度を表すブリッジ呼び出し通信が入る。


「いや、私がとろう……どうした…なんだと」


受話スイッチに手を伸ばしたオペレーターを遮り、カールコードのレトロな受話デバイスを持ち上げたバリドロムの顔が厳めしく歪んで行く。


「そうか、仕方あるまい。その件についてはそちらで完結してくれていい。ご苦労だったな」


受話器を置いたバリドロムは大きなため息を吐きつつ制帽を脱ぎ、両手で顔を拭うように包んだ。


「……何があったんですか?」


深刻さ他諸々の空気感をまるで気にしないゲツが問いかける。


「ああ、クロード大尉が負傷しメディックへ入院した。またユーミくんに手を出したらしい」


「ええ……」


ブリッジにまたか、と言うような呆れた空気が醸成されて行く。


「この前和解したばかりじゃないですか、大人のレディとして扱うようにって」


オカッパちゃんが呆れ口調で漏らした。


「見てた者の話だと、隣に座ったユーミ君の脚に手をかけ内股へと滑らせていったらしい。突然の破廉恥に硬直したユーミ君と目を会わせた瞬間、彼も驚いていたらしいが……そこで部屋に誘い首を折られた、という顛末だそうだ」


「ああ、ユーミちゃんは距離感がちょっと子供みたいですからね。それは仕方ないかも……」


「確かにあの脚で真横にピッタリ座られちゃあ……出ちまうのは仕方ねえよな」


ブリッジ内の呆れた空気は僅かに同情へと傾く。


「イヤイヤ何言ってんですか?!純粋な好意と信頼に性的な獣欲の了解を求めるなんてどれだけ鬼畜なんです?!」


「加害者の自分本意な典型的言い訳ですね。正に身勝手かつ悪質な犯行そのものってヤツ」


「これだから男は」


三人の若く()美しい女性オペレーター達からの弾幕が撃ち上がり、それを皮切りに根も葉もない中傷迄をも被弾し続けるクルーを眼科に、バリドロムは額を伝う冷や汗を拭い制帽を深く被り直すのであった。

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