再会を求めて

 ◆

 王子はいつもの場所で、海を見ていました。


 いない、か。


 いくら待っても、期待していた歌声はしません。

 王子はいつの間にか、浜辺で寝かされていたと聞きました。


 漂流した?

 あの沖合から?

 何もつかまってすらいないのに?

 考えられるのは、声をかけてくれたあの女性がなんとかしてくれたに違いない。


『大丈夫ですか?』


 思い出されるあの声。

 そしてここで聞いた歌声。

 はっきりとは思い出せないが、二つは同じではないのか?


 ザザン……。

 二つの声を照合しようとすると、波がそれをかき消すようでした。


 ……これは僕の願望なのか?

 どうしてあの時、溺れてしまったんだ。

 姿を、一目だけでも姿を見ておけば良かった。


 ◇

「人間になる薬かい? ありゃ高度な呪文が必要でね、二十万回に一回しか成功しないんだわ」

 どうにも滑舌の悪い魔女でした。

 濁点がともすれば、平易な音に聞こえます。

 人魚姫は、海のとあるところにある、魔女のところへやってきていました。


 あの人といっしょになるには、私が人間になるしかない。

 長い時間は、いっしょになれないかも知れない。

 でも、もう少しだけでもなんとかしたい。

 自分でも止められない……!


「それって、どれぐらいかかるの?」

「代金かい? それとも時間かい? 必要な素材がたけぇーもんだから、おめぇさんにはちょっと払えないと思うわなぁ。期間はそうだねぇ、547年ぐらいでねぇかね?」

「そんなに待てない!」

 そんなに待っていたら、あの人が死んでしまう。 ねぇ、なんとかならないの?」

「ねぇでもねぇけど、おめぇさんには酷だと思うわなぁ」

 人魚姫は、目を輝かせました。

「それでいい、それでいいから!」

「方法はなぁ? おめぇさんの声と、わしの声を入れ替えるってもんさぁ。これだと、昔のわしみたいに、上手く呪文が唱えれっから、成功率が大幅に上がってすぐ作れるってもんだべ。でもこの魔法はな、一回取っ替えると、もう一回取っ替えることはできねぇんだ」

「声……」

「なぁ? ねぇ方法だべ?」

 申し訳無さそうな顔をする魔女。


 前みたいに歌えなくなる……?


 姫は歌えなくなる自分を想像して、周りが闇に包まれたような感覚にとらわれます。


 でも会いたい。

 もしかすると、前みたいに歌えなくてもあの人なら、受け入れてくれるかも知れない。

 ううん、優しい人だったもの。

 きっと受け入れてくれるに違いないわ。

 年をとっておじいちゃん、おばあちゃんになって滑舌が悪くなっても、一緒に歌い合うの。


「それでいい。なんとかなる?」

「本当にぇえんかい? 後悔せん? よぉく考えたほうがええよぉ」

「いいの、お願い!」


 こうして魔女と人魚姫の声は、魔法によって入れ替わりました。

 恒久的に。


「おお、呪文がはっきり言えるゎ! これはええねぇ」

 魔女は、ウキウキと薬作りにとりかかりました。

 ウキウキさのあまり、鼻歌さえ混じっていました。


 これが本当に私の声?

 私の声って、こんな声だったのか。


 自身で聞く声と、他人の口で聞かされる(元)自分の声のギャップに、人魚姫は複雑な心境でした。


「ほな、これが薬やわぁ。代金は、この声もろたから、もうぇえでなぁ」

 翌日には、魔女は薬を完成させていました。

「ありがと」

 もらった薬は、妙にズシリと重く感じられました。

「注意せんといけんこととしてなぁ、おめぇさんが人間でいたいって気持ちがなくなったら、解けるかもしれんでなぁ」

「うん、大丈夫」

「そうそう、そういえばなぁ、おめぇさんの言ってた人、王子かもしれんよぉ? なんかお触れでなぁ、海で救けてくれた人を探してるらしいわぁ」


 探してる? 私のことを?

 もしかすると……、もしかする?


 人魚姫は、惹き合う二人を想像して、心の中にある気持ちが広がるのを感じました。


「ありがとう、行ってみる!」

 そうして人魚姫が立ち去る際、魔女は次の仕事に取り掛かるようでした。

 今度は鼻歌ですらなく、もう普通に歌っていました。

 妙になまりのある歌でした。

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