大学受験、そして崩壊
文化祭を控えた、10月の終わり。
職員室を出たマナは、大きく息を吐き出した。
(よかったぁ……)
自分でもできる限りのことはしてきた。
それでも、拭いきれない不安が胸に居座っていた。
それも、今日で終わりだと思うと気が楽だ。
「マナ〜!」
廊下の奥からパタパタと姫名が走ってくる。
「姫名」
よほど急いで来たのか、目の前で立ち止まった姫名は肩で息をしていて顔は真っ赤だった。
マナよりも緊張した面持ちで見つめてくるので、思わず笑ってしまった。
「どうだった!?」
「うん。帰ってからね」
「お母さん、ご馳走作るって!」
「本当?じゃあ、急ごっか」
結果を急ぐ姫名を交わして、そばに置いていたカバンを取り上げる。
ソワソワしている姫名と一緒に、家まで急いだ。
「よかった、マナが合格してて」
「ふふっ。大学も一緒だね」
「そうだね。文化祭、楽しもう」
「ええ!」
お祭りの熱気で賑わう廊下を歩いていると、反対から恭介が歩いてくるのが見えた。
久しぶりに見るその姿に、胸が高鳴るのを抑えられない。
チラリと姫名を見ると、自分と同じように恭介を見つめていた。
見られていることに気づいたのか、恭介がこちらにやって来る。
後ろから、ひかりとかながついて来るのが見えた。
「姫名先輩、マナ先輩。こんちには」
「こんにちは恭介くん」
「かなちゃんたみも。3人一緒なの珍しいね」
「暗幕が足りなくなっちゃったので、生徒会室に借りに行くんです」
「あら、そうなの?たいへんねー」
「先輩たちは?」
「私たちは、買い出しに行くところよ」
「へぇ、そうなんですね」
ふと、恭介が姫名を見ていることに気がついた。
姫名も視線に気がついたのか、恭介を見つめ返している。
(ヤダな。モヤモヤする)
ダメだとわかっているのに、モヤモヤしてしまう。
自分の入る隙はないとわかっているに、嫌だと思うのを抑えられない。
グッと唇を噛んでいると、誰かの視線を感じた。
「じゃ、私たちは行きますね。ほら、後藤も」
「わかったよ。……それじゃ、先輩方も買い出し頑張ってください」
「ありがとう」
ひかりに背中を押されながら、恭介がこちらを振り返る。
その顔には、見たこともないような優しい笑顔が浮かんでいた。
(姫名には、あんな顔するんだ)
ー私には、見せてくれないのに。
ジワっと視界が滲み、泣きそうになってしまう。
(ここで泣いてちゃダメだ)
目元を拭っていると、足音が聞こえてきた。
姫名が戻ってきたのだろう、
「マナ!?大丈夫?どこか痛い?」
「……大丈夫だよ。ごめんね、行こうか」
尚も問い詰めようとする姫名に笑い、昇降口から出ていく。
後ろから慌てたように姫名が追いかけてきて、隣に並んだ。
(ごめんね、姫名…)
「どこから行くんだっけ?」
「ホームセンターかな?」
「ペンキとか絵の具だよね。それだと、画材屋さんかな?」
「駅の近くに大きいとこあるよ」
「あ〜、あれ?書店とか入ってるとこ」
「そうそう」
姫名と自然に会話ができたことに安堵しながら、すぐ近くの駅ビルに入る。
マップによると、画材店は2階にあるようだ。
「……ねぇ、マナ」
「ん?」
先にエレベーターに乗っていた姫名がこちらを振り返る。
その瞳は、迷うように揺れていた。
マナは気づかないフリをして、「ん?」と先を促した。
「……マナ、好きな人いるでしょ。……ずっと、前から好きな人…て違う?」
「………えっ……?」
図星を突かれて、何も言えなくなってしまう。
ずっと、バレないようにしてきた。
恭介がかなと付き合う前、姫名と仲良くなる前からずっと、隠していたのに。
(…どうして、わかっちゃうんだろう……?)
もしかしたら、姫名はー。
「……ごめんね、急に。だけど、最近のマナ元気がないように思えて。最初は受験疲れだと思ってたんだけど」
ペンキを手に、姫名が振り返る。
その顔は心配と不安、混乱が浮かんでいた。
「………うん。いるよ、好きな人。……よく、わかったね……」
「わかるよ。マナの顔を見たら、時々、泣きそうにしてるのを見たら」
「え…私、そんな顔してるの?」
「ええ。この1週間、ほとんどご飯食べてないでしょう?昨日だけじゃない?」
「………っ!」
絵筆をカゴに入れていた手が止まる。
そこまで気がついていたなんて。
恐らく姫名は、マナの好きな人にも気がついているのだろう。
気がつかれる前に諦めるつもりだったのに、どうして上手くいかないのだろう。
「………最近、また調子が悪くて食欲がないのは本当よ。それと彼は関係ないわ」
「本当?私に、何かできることがあればー」
グシャリ。
買い物リストを持つ手に、力が入る。
カゴの中を見れば、頼まれていたものは全て入っていた。
(これ以上、姫名と話せない……)
話していたら、きっと傷つけてしまう。
「……レジ、持っていくね。姫名は待ってて」
姫名を振り返らずに、カゴを持って会計を済ませた。
袋を持って画材店を出ると、先に待っていた姫名が袋をひとつ取り上げた。
「半分、持つよ」
「ありがとう」
好きなものも欲しいものも全部、半分にできたらいいのに。
そうしたら、マナはー。
「姫名はいいな」
「え?」
「何でもない、行こうか」
首を傾げた姫名に、気づかれないようにゆっくりと呼吸する。
そのまま早足で、階段を駆け降りた。
「ちょっ、マナ!」
パタパタと追いかけて来る姫名に、謝る余裕はなかった。
今声を出せば、きっと泣いてしまう。
(私が、泣くようなことじゃないのに)
辛いのは、姫名のほうだろう。
マナと好きな人が被った挙句、自分が彼と仲良くしているのだから。
姫名は昔から、マナを優先してくれていた。
だから、マナの気持ちに気づいた今はきっとー。
(そんなこと、させたくない……!)
せっかく、2人が向き合っているのに。
(私はー…)
「マナっ!」
パシッと腕を掴まれて、我に帰る。
気がつけば、横断歩道の前にいた。
「危ないよマナ」
「……ごめん、ね。姫名」
「何が?」
「気づいてるんでしょう?……私の好きな人が誰か」
「……っ!……うん」
「そう、だよね」
スルリと姫名の手が離れる。
そっと様子を伺えば、悲しそうに俯いていた。
(もう、無理なのかな…)
「姫名」
顔を上げようとしない姫名の手を引いて、歩き出す。
彼女の手は驚くほどに冷たかった。
「諦めないでよ。彼のこと」
「え?」
「私は、もう諦める。そうしないといけないから。だけど、姫名はー」
「そんなことできない!!」
バッと手を振り解いて、姫名が叫ぶ。
「何で!?そんなこと言うのよ?私はー」
「ダメなの!…2人で同じ人を好きになっても、どっちかとしか付き合えないのよ!?……それでも諦めるの?私は、私は姫名にー」
「私だって!マナに幸せになってほしいの!!確かに驚いたけど、あなたが好きなら、私はー」
「それが嫌なの!私のためって何!?……気にかけてくれてるのは知ってる。だけど…それは!違う!姫名の気持ちが大事でしょ!」
言いながら、涙が溢れてきた。
(ああ、ダメなのに。泣いちゃダメなのに…止まらない)
泣いてはいけないと思うほど、涙が溢れて止まらない。
ボヤける視界の中で、姫名も泣いている気がした。
泣きたいのはお互い様だ。
(こうなりたかったわけじゃないのに…)
何が、いけなかったのだろう。
初めから姫名に話していれば変わっていたのだろうか。
ー本当に?
きっと言っても、言わなくてもー。
(今は変わらないよ)
目元を拭い、姫名に背を向けた。
「……先、戻るね」
姫名の返事を聞く前に駆け出した。
ーごめん、ごめんね姫名。
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