彩られる日々

冬雫

憧れの人

ずっと、ずっと憧れていた。恋焦がれていた。

いつも追いかけていた、彼の背中。

彼と話せるのは委員会の時くらいだった。

もっと、彼の瞳に映りたくて、自分から話しかけに行った。

それでも、目が合うのは一瞬で。

彼の瞳はいつも、“彼女”を見ていた。

栗色の髪に凛とした瞳。柔らかな笑顔。

“彼女”と手を繋ぐ彼は、嬉しそうにしている。

ー彼女がいたから、目が合わなかったんだね。

ーそこにいるのは、私がよかったな。

様々な想いが渦を巻き、胸がギュッと締め付けられる。

ボヤける視界の中で、彼と“彼女”の手が離れるのが見えた。

2人は互いに背を向けて、どこかへ歩いていく。

ーどこに、行くんだろう。

涙が滲んだ瞳では、確認するのは難しかった。


青栁姫名はバタバタと廊下を走っていた。

(お願い、間に合って…!)

昇降口を出て、正門をくぐると、探していた背中を見つけた。

シャンとした背筋に、柔らかそうな黒髪。

少し日に焼けた肌。見間違えるはずがない。

(……本当に、恭介くんなんだ……!)

嬉しくて、涙が出そうだ。

姫名は目尻を拭い、呼吸を整えながら歩調を速めた。

「あのっ、こんにちは」

「はい!……青栁先輩?」

振り向いた恭介は驚いていたけれど、姫名のことを覚えていた。

感動で少し痛む胸に気づかないふりをしながら、笑いかけた。

「覚えててくれたんだね」

「そりゃ、覚えてますよ。中学の時、委員会同じだったでしょ?」

「うん。1年間だけね」

「それでも。丁寧な仕事だなって、尊敬してましたから」

驚いて恭介を見上げると、照れたように頰をかいている。

まさか、そんな風に思われていたなんて。

(尊敬するとこなんて、ないのに)

声には乗せず、心の中で呟く。

先程から、心臓が暴れだして爆発しそうだ。

それでも、踏み出さなければ、何も始まらない。

自分に言い聞かせてながらプラザーのポケットに手を入れる。

「あの、恭介くん」

「はい?」

恭介が足を止めて、こちらを見下ろしてくる。

その視線にドキドキしながら、スマホを差し出した。

「れ、連絡先を交換したいな」

「いいですよ」

「ありがとう!」

恭介がポケットからスマホを出してくれる。

連絡先を交換し終えた時、後ろから足音が聞こえてきた。

「恭介」

「かな。今帰り?」

「そう。お母さんが、恭介と颯汰に用がー…先輩?」

「こ、こんにちは。ええっと?かな、さん?」

「稲川かなです。青栁先輩、ですよね。入学式に在校生代表の挨拶してた」

「そうだよ。…私、お邪魔だったかな」

「いえいえ、そんな!ごめん、恭介。先に帰るね」

「おう」

かなが踵を返すのを見て、姫名は慌てて止めに入る。

「待って!私もこの近くだから、先に帰るよ」

「この近くなんですか?それじゃ、私たちと近所だ!」

「そうだったんですね。先輩、また明日」

「…う、うん。……また明日。かなさんも」

かなたちに手を振って、公園の隣にある家に入った。

玄関で靴を脱いだ時、ふっと影が落ちる。

「おかえり、姫名。どうだった?」

「マナ。連絡先、交換できたよ」

「よかったじゃない!…浮かない顔してるけど、もしかして“あの子”と会ったの?」

「うん……今でも仲良いみたい」

「んー、別れてると思うけどなぁ」

「まぁ、探ってみようか」

マナがニヤリと笑って、スマホを見せる。

姫名の頭を撫でて、リビングへと入っていった。

(何にせよ、再会できたのは嬉しいけどー)

負けてられない。

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