第3話:境界の門
暗闇のなかに、一本の道が浮かび上がった。
黒く、深く、永遠に続くかのようなその道の先に、白い門がある。
九条律は、無意識のままその道を歩いていた。
気がつくと、自分の体を上から見下ろしていた。
ベッドの上に横たわる、自分。
痩せ細った体。薄く開いた唇。
そして、胸のあたりが、まるで何かを求めるように、かすかに上下していた。
誰かが背後から話しかけてきた。
「よくここまで来たね、九条律」
声は穏やかだった。性別も年齢も分からない。
しかしその声には、“すべてを知っている者”の響きがあった。
「君は、ずっと疑問に思っていたはずだ。
――なぜ、人間の心臓はひとつしかないのか?」
律は、喉の奥がかすかに震えるのを感じた。
言葉にならない想いが、胸に浮かんだ。
「目も、耳も、肺も、腎臓も――すべてが二つずつ与えられている。
神の設計図のように、均整のとれた配置で。
だが心臓だけは違う。たったひとつ。
それが壊れれば、終わり。
なぜか?」
その声は、問いを重ねるたびに、律の背骨を震わせるようだった。
「それはね。
“もう一つの心臓”は、最初からこの世界にいないからだよ。」
律の視界に、ふいに二重の映像が重なった。
一つは現世の自分の身体。もう一つは、赤い光を宿す“影”のような心臓が、異なる空間で脈打っている姿。
互いは似ているが、決して重ならない。
ふたつ目の心臓は、“魂の側”に存在するのだ。
「人間は、常に二つで支え合う構造を持っている。
目と目で視界を重ね、耳と耳で音を捉え、肺と肺で呼吸を重ねる。
だが心臓は……この世界とあの世界で、ペアになっている。
片方が止まれば、もう片方が始まる。
それが、命の本当の仕組みなんだよ」
律は言葉を失った。
それはあまりにも美しく、そして恐ろしい真実だった。
ならば自分はいま――
その“ペアの鼓動”に引き寄せられ、向こう側へと呼ばれているのか。
「門をくぐれば、君の“二つ目”が完全に起動する。
君は“死後の律”として、この世界に生まれ変わるだろう。
……選ぶのは、君自身だよ」
白い門の先から、微かに赤い脈動が漏れ出していた。
それは、現世では決して聴くことのできない――神秘の鼓動だった。
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