③容疑者集めるべし
夜会に参加しているのは、約三十人。十五人の貴族要人とその家族。
その他、招待者の馬車の番をしている御者や侍従、主催であるイース公爵の侍女や執事なども含めるとこの館にはそれなりに人数がいる。
すぐに犯人は絞れない。だから、篩にかけることにした。
条件は二つ。
一つは、スカーレット男爵が落ちてきたときに、大広間にいなかった者。
一つは、大広間にいなかった者で単独行動をしていた者。
そうすると、容疑者を五人、否、正確には六人までに絞ることができた。
それ以外の人たちは、イース公爵やグレイ公爵に協力してもらい、待機してもらうことになった。
帰してほしいという意見もあったが、六人はあくまで犯人の可能性が高いものであって、それ以外の人間が犯人である可能性もなくはない。
説得は公爵たちのおかげで、難なくできた。こういう時に、権威というものはありがたい。
私は大広間に容疑者を集めた。
「それではよろしいでしょうか?」
そこには容疑者五人と私、スレイキル、それから――
「ユウがいないな? やつも単独行動している容疑者ではなかったのか?」
血管を浮かせながら、貧乏ゆすりをするイース侯爵がいた。
主催ということで、私の見張りをするらしい。
「そうですね。話を聞く限りですと、執事と侍女の中では、ライト、ジョー、レフ、ユウが誰とも行動していなかった、見かけなかったと聞きましたが」
目の前に並ぶ容疑者五人を見る。
白髪交じりの髪をオールバックで固めている男性、執事長のライト。
そばかすが目立つ背が高い男性、執事のジョー。
短髪で毛先がはねている小柄な女性、侍女のレフ。
青白い肌で目つきが悪い男性、学院の若教授、プロフェッサー=ラーン。
もっさりとした明るい茶髪のせいで顔半分が見えない男性、スカーレット男爵の御者のケイ。
「失礼いたします。それが……執事のユウは事件後から、行方が知れず。探したのですが」
ジョーがおずおずと発言する。
「では、ユウが犯人か?」
公爵がジョーを睨みつける。
ジョーは縮こまっていた。
「決めつけるのははやいですよ。公爵。まずは、状況を整理していきましょう」
私は熱が入っている公爵とは反対に、極めて冷静に発言した。
「では、代表してライト。今回の夜会の侍従の動きを説明してもらっても?」
「かしこまりました、伯爵令嬢」
他より歳のいっている執事は落ち着いて礼をした。
「我々は三つの組にわかれて、夜会でお仕事をしておりました。一組目は二階の厨房から料理を運ぶ、あるいは足りない料理を追加で調理する、厨房組。二組目は大広間で料理の状況を確認し、お客様への配膳や盛り付けの調整、厨房組に料理の調達を頼む、広間組。三組目は不要な食器類を一階の洗い場へ運搬する、片付け組。厨房組は私とジョー含め、四人。大広間組は四人。そして、片付け組はレフとユウの二人になります」
「洗い場と厨房が、階層で分かれている構造?」
私は館の構造を思い浮かべる。
この館は凹の形をしている。
正面入口が平らで、今回の夜会では入り口前に馬車がたくさん止められている。
裏側がへこんでおり、その場所は庭になっている。
三階建てであり、残念ながら、どこに何の部屋があるかは、私は把握していない。
私が行き来したのは、一階入り口の玄関広間、二階会場の大広間、そして、階層全てをつなぐ中央階段である。
三階は解放されていなかった。
三階へあがる中央階段には、確か、衛兵が二人いた。
その時に、今日は三階へ行くのは禁止されていますと、言われた記憶がある。
階層を行き来するのは、中央階段とそれから外階段しかないという。
だが、外階段は内側から鍵がかけられており、その鍵はイース公爵が有しているという。
だから、仮にスカーレット男爵や犯人が三階に行くのであれば、中央階段を通らざるを得ない。
「いいえ。一階と二階にそれぞれ厨房があります。しかし、今回は作る場所と洗う場所を分けた方がよいと判断しまして、広さが狭い一階の厨房を洗い場として利用することにしました」
「そうですか。それで、大広間組はいいとして、厨房組は貴方とジョーだけが、単独行動になっていなのですよね? どうしてなのですか? あと、他の二人が単独行動でなかった理由もわかるなら教えてほしいわ」
「実は思いのほか、追加の料理を思いのほか作る必要がありませんでしたので、私が厨房で作業して、私以外の三人には休憩を取らせておりました。ジョーは厨房隣の小部屋で。他の二人は……犬を捕まえていたようです」
「犬だと? あの犬か?」
イース公爵がわざとらしく思えるほど困惑した表情をしていた。
私は犬の声がしていたことを思い出す。
「そういえば、少し騒がしかったですね」
「失礼いたしました。どこからか、迷い込んでいまして……衛兵とその二人で」
「待って。衛兵もいたのですか? いえ、先に衛兵の配置はどうなっていました?」
「入口の外に二人、二階から三階の階段に二人です。たしか、階段の衛兵二人とも犬を追いかけたとか、なんとか」
「確認が必要ですね。色々と話が変わってきますので」
いない時間があったとするのであれば、その隙に犯人やスカーレット男爵たちが三階に行った可能性もある。
「それで、片付け組の貴女はどうしていたのですか?」
切り替えて、私は侍女のレフに話しかける。
レフは硬い表情で答える。
「は、はい! ひたすら、お皿を運んでいました!」
「ひたすら」
「はい! あと、洗いました!」
「ずっと、一階と二階を行き来していたということですか?」
「はい!」
「ユウも?」
「えっと……たぶん?」
ユウに関して、聞かれた瞬間、レフの声が弱々しくなった。
それにイース公爵は目くじらを立てる。
「どうして自信がないのだ」
「はい! その。影が薄くて! ユウさん。たまに見失うんですよ」
ひどい言われようだが、現に彼がいない、見つかっていないのも事実だ。
「見失ったということですか?」
「はい……。始まった頃にはいた気がするのですが、事件近くにはすれ違った記憶がないです」
館のどこかに隠れているか、それとも脱出したのか。
彼が犯人だった場合、ややこしいことになる。
「そういえば、一階は誰も配置していなかったのですよね?」
「そうですね。お客様が部屋を使う予定がないので、常駐する者は作りませんでした」
ライトが即座に返事をする。
「だから、貴方は一人で、誰にも見られなかったのですね。プロフェッサー=ラーン」
「まあ、そうだな、ですね……」
プロフェッサーの称号が示す通り、ラーンは学院に属する学者である。
学院とは、イーテル国が誇る最高峰の研究機関。
頭脳が認められれば平民であろうが貴族であろうが、受け入れてくれるこの国で最も公平な場所といっても過言ではない。
その中でも
プロフェッサーは貴族の男爵に匹敵するくらいの称号だ。
平民で貴族に迫れるのは学問で身を立てて教授になるか、――無理難題な条件を乗り越えてサーを賜るくらいしかないのだ。
ともかく、ラーンは齢三十にして、教授まで上り詰めた超新星らしい。
「ワインを飲みすぎてしまいましたので、気持ち悪すぎて……」
青白い顔の学者はうえっと口を抑える。
「何回か人が通った気がしなくもないですが、よく覚えてないですね。今も頭が痛いですが、その時は殊更でしたので」
だが、最高峰の頭脳は、ここでは役に立っていない。
その「人が通った気がする」がユウかもしれないと考えると、私達は後手を取っていることになる。覚えてほしかったものだ。
「というか、どうしてケイ君がここにいるんですか。ケイロンの御者でしょう」
「関係性は考慮に入れていません。単独行動をしていた者に話を聞いています」
「ふーん」
ラーンは鋭い目で私を見る。
つま先から頭の上まで観察されている。
その視線に嫌らしいものは感じない。
初対面の貴族にされる品定めのそれとは違う。
まるで、難解な問題に立ち会っているかのような目つきだ。
「えっと……」
喉をひっくり返したかのような掠れた声が聞こえた。
その声はケイから発せられていた。
「すみません、聞き苦しい声で」
「どうしたんだ、ケイ君。昼はそうでもなかっただろう?」
「実は朝から喉が痛かったんですよ、あはは」
ケイは頭をかく。ふわりと柑橘系の香りが鼻に届いた。
「お知合いですか?」
「ええ。ケイ君というよりは、ケイロンとですが。彼も学問に通じた者でしたので。……学院ではなく、社交界に行きましたが。教授も男爵も変わらないというのに、どうしてこっちに来なかったんだ。アイツはよ……」
アイツという響きに、悪友のような気やすさと寂しさを感じた。
「まあ、ご縁がありまして。ラーンさんは、行きはうちの馬車に同乗していたんです」
ケイが慌てた様子で補足する。
ご縁というよりは、交友な気もするが、今はそれは重要ではない。
「そうですか。それで、ケイ、貴方はどうして馬車から離れていたのですか。他の御者は馬車の番をしていましたが、何かスカーレット男爵から言われていたのですか?」
「お腹も痛くて、その……、茂みで」
確かに、館の周りは森で隠れてするのにちょうどよさそうな茂みはある。
「下品な」
意図を察したイース公爵はそう吐き捨てた。
「それで、犯人はわかったのかね、伯爵令嬢。この御者が犯人か? それとも……、残念なことこの上ないが、うちのユウが犯人か? あるいは、スレイキルか?」
「公爵、落ち着いてください。証言だけでは犯人は決まりません。現場や、それから、死体の痕跡を見て、総合的に見ませんと正しい犯人が導けません」
「その痕跡とやらが残っていなかったらどうする。そこのスレイキルなら、そういう手段も心得ているのでは?」
公爵は怒りのあまり的外れな発言をする。
「スカーレット男爵が落ちてきた時点で会場にいた彼は、心苦しいですが犯人になりえません」
「そういう奇術があったらどうする?」
その可能性を考えるのは、真っ当な可能性を全て潰した後だ。
最初から邪道を考えるのは視界を狭めるだけ。
真実から遠くなるだけだが、早期解決を望む公爵には真実はどうでもよさそうだ。
話は通じないだろう。
「できません」
低く冷徹な声がして、公爵は押し黙る。
その声の持ち主は勿論スレイキル・ペンドラゴン・ホワイトフィールドだ。
「本当か? かの間抜けなファスト男爵と違って、生き残った貴殿は殺しが得意なのでは?」
「否定する箇所がいくつかあるのですが」
まっすぐとイース公爵を見ていたスレイキルだったが、その次を言いよどみながら目を逸らす。
「なんだ、言ってみればいいじゃないか」
「……お気遣い感謝します。まず、老騎士ファストですが、間抜けな死ではありません。記録によれば、かの老騎士は先陣を切って突撃して死亡したとあります。これは騎士団法では栄誉ある死として認められるため、彼は栄誉ある騎士です」
「はあ?」
殺人容疑のことを言われると考えていたであろう公爵は、気の抜けた声を出した。
私も同じ気持ちである。
「それが栄誉あると思っているのか、貴殿は」
「はい。法で定められていますので」
恐らく、公爵は感情や信念のことを問うたのだが、スレイキルには通じていないようだ。
確かに、答えとしては成立しているのであるが、どこか外れていると感じざるを得ない。
いや、もしかすると本当にそう思っているのかもしれない。
法や命令を遵守するような思考の持ち主。あるいは、そこから外れられないような人柄。
そう考えれば、自分が人殺しであることを肯定したり、行動や思うべき感情の根拠が法であることも納得できる。
だが、それがこの男の真であるならば、殴り甲斐がない。
私は石を殴りたいわけではないのである。
「それから、私は奇術はできません。殺しに関しても……、今回の件においてはですが、得意とは言えません。戦場や決闘とかなら話は変わってくるのですが、暗殺の心得はありませんので、厳しいところがあります」
「最強なのにか?」
「前線を退いて久しいので、最強とは言い難いかと思います。私はそれほど強くはありません」
「本当か?」
「はい」
スレイキルは淡々と返事をする。
イース公爵は呆れた様子で首をふった。
「もういい。じゃあ、スカーレット男爵は自殺だ。なんやかんやで、三階に入り込み、勝手に落ちたのだ。なんてことだ」
「それはないですわよ」
反論する前に私は、テラスにあるスカーレット男爵の死体に向けて指をさした。
「あまりよく見てはいませんが……、身体に刺した跡が見えません?」
単独行動者が何をしていたかは大方理解した。
次は死体を調べなければならない。
私は死体に向かって歩き始めた。
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