番外編 名探偵ゴールド伯爵令嬢と冤罪騎士スレイキル
①スレイキル殴るべし
スレイキル、必ず殴るべし。
かの高名な英雄騎士様は私の姉を殺した。
女性を守るどころか、死なせてしまうなんて、どうしてそんなものが
私の姉は永遠に戻ってくることはない。
スレイキル・ペンドラゴン・ホワイトフィールド許すまじ。
「マーサさん……、何をしてらっしゃるのですか……?」
「お父様、うるさい」
前後にこぶしを出す、しまう。これは予行演習である。
「第一、娘の部屋に無断で入ってくるとは何事ですか。無遠慮ですか。不審者ですか。着替え中だったらどうするんですか」
「侍女が、いないし、着替え中ではないと思うのですが……」
丸顔に鼻の下にひげを生やした父を見る。
長めの眉毛が末広がりになっているのは、困っているからではなく、元からそのような顔なのだ。いかにも人のよさそうな顔だ。
しかし、これでも伯爵の爵位を有するゴールド家の当主である。
ゴールド家の治める土地は鉱脈が多いと言われている。それ故に、よくない輩のすり寄りや盗人のような連中に狙われることが代々続いていたというが、父の代はかなりひどいと聞く。
争いごとが苦手、というのもあるが、父には発掘の才能があった。
そこから、財産を築く才能があった。
そのおかげで、先代よりも多くの財を築き上げて、今ではゴールド家はイーテルの金脈とも表されるようになったのだ。
「でも、年頃の娘の部屋に、許可なく入るのはいかがなものかと思います」
「うーん、年頃……」
「お・と・う・さ・ま?」
「んー! としごろ! そうですね!」
睨みをきかせると、父は冷や汗をかきながら返答した。
年頃でないのはわかっている。二十一になって、結婚どころか婚約もしていないのだ。十八までには相手を決めておくもの。
貴族の令嬢として、不適格なのは重々承知している。
しかし、私は虫の居所が悪い。
こぶしを一、二、三と突き出し、収める。様になってきた気がする。
「アンナさんのことで気が立っているのですか?」
私は父の言葉でこぶしを止めた。
「本日、命日ですからね……」
そう、今日は命日である。
姉、アンナ・ナスタチウム・ゴールドの命日である。
姉は死んだ。二年前に死んだ。
結論を言えば、自殺、無理心中ではあるのだが、その過程が私は解せない。
姉は、婚約していた。
出会ったことのない、ホワイトフィールド侯爵家の次男、スレイキルと婚約していた。
それ自体はよくあることだろう。
家の都合でよくも知らない人間と婚約させられる。
だが、今回に限っては話自体は円滑に進んでいたらしい。
少なくとも、父はホワイトフィールド侯爵のことは悪く思っていないどころか、酒の味がわかる趣深い人間と好感触であったし、姉も同様の思いであったそうだ。
出会いは夜会か何かであったそうだが、そこのところは興味ない。
ホワイトフィールド家は、他の簒奪者のような家系とはわけがちがう。
伝統も、家柄も格上で申し分なく、そこに庇護しようなどと付け加えられたら、父が断る理由はないだろう。想像に難くない。
あとはスレイキルと面会するのみ、結婚するのみ。
その段階まで婚約は進んでいた。しかし、当のスレイキルは騎士で、戦時中で、色々と先送りになって、二年たったそうだ。
それ自体は致し方ないことだろう。世界がそうだったのだから。
姉もそこは許容していた。
だが、想定外だったのは、そのスレイキルの噂だ。
一言でまとめれば、戦果をあげているだが、それが残虐極まりないものだったという。
真偽は定かではない。
例えば、人を食って殺したとか。
例えば、人を限界まで切り刻んで殺したとか。
例えば、人をちぎって投げ殺したとか。
血を浴びるのが好き。殺しあうのが好き。
冷徹魔人。冷酷無比。人の心がない。
戦争も言ってしまえば、殺し合いなのであるから、それで生き残って、名をあげている男が通常でないことは理解できる。
噂も強さや人柄が誇張されて、実像でないことも、理解できる。
少なくとも、私と父はそう理解していた。
だが、姉はすべて真に受けた。
真に受けて幼馴染の使用人と死んだ。
傍目から見れば、スレイキルとの婚姻が嫌で、本命の使用人と心中したように見えたかもしれない。
実際には、使用人との恋人関係はない。ただ、彼の本心は知らないが、付き合いがよかっただけだけだと、私は認識している。
悲劇。これはただの悲劇なのだ。
「悲劇なのはわかっています。ホワイトフィールド侯爵は、その件で謝罪の手紙と、今でも多少の援助をしていると聞いていますし、ええ、理解していますよ。あちらが悪くないのは理解しています。姉が少し愚かだというのも」
「いや、アンナさんに関して、そこまで言わなくても」
「愚かですよ。私に相談をしてくれませんでした!」
ぐいっと、こぶしを投げ出す。今なら、岩も砕ける気がする。
「すねないでくださいよ」
「すねてません!」
「うーん」
父はハンカチで汗をぬぐいながら、私に質問した。
「マーサさん、何に腹を立てているんですか。私には、父にはそこがわからないのですよ。確かに、ホワイトフィールド家に非はありますよ。しかし、そのあたりのおはなしは終えていますし、うん、終わったことです。侯爵は充分償っていますよ」
「スレイキルからは何もないじゃない」
「それは、まあ……。でも、彼は国のために、ただ戦っていただけですし……」
「でも、ごめんなさいの一言ぐらいは欲しくってよ!」
声に出したら、より一層、煮えたぎるような気分になって来た。
「それに、私が一番腹に据えかねているのは、よりによって! 姫と! 婚約していることです! どういうことですか!」
イーテル国、唯一の姫、デルル・ディステル・イーテル王女とあの男は婚約しているのである。
姫は今年になって八歳になる。
体が弱いらしく、表には一度も出たことがない箱入りのお姫様。
その人柄やお姿は王宮の内部にいるものですら、めったに見ないという玉のお姫様。
戦争が終わって、すぐに婚約したらしい。
どういうことなのか。姉のことはどうでもいいのか。死人に義理立てする必要はないということなのか。喪に服せ。幼児趣味の殺人者め。
「あー……。王が決めたと聞いていますよ。侯爵からは」
「殺してやろうかしら……」
「うーん、じゃあ、今日しようとしていた話はなしにしますね」
そこで私の体温が冷めていくのを感じた。
父も暇ではない。いや、私に構う時間があるのは珍しい。
よほど重大な要件があるのかもしれない。
「お父様、そういえば、用があるのではなくて」
「うん。サー=スレイキルが参加する夜会の招待状が届いたのですが、殺意があるようなので、これはアダムさんに頼みますね」
「行く! 行きます! 殴るだけにします! 詳しく説明をください」
私は父の持っていた書簡に手を伸ばした。
父はそんな私を見ながら、へらへらと書簡をゆらし、私の追撃をかわすのであった。
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