雨の時間
暗い灰色の雲が空を覆い始める。
狭い路地裏の乾き切っていない路面へ、屋根をつたう雨粒が落ちてきた。
「君、友達なの?」
愛沢ノアは、三つ編みの少女がハッキリ淡々と言ったのを、ゆっくり呑み込んだ。
「は……はい、友達で、少し用事があったので声をかけに、きました」
裏返る声で答えた。
吸いかけのタバコを捨てた少女は、小さな機器をマスターに渡した。
カバンから丸い小瓶を取り出し、軽く吹きかけた。バニラの甘い香りが漂い始める。
「マスター、また明日」
「えぇあーうん、明日も、来るのね」
ノアは手首を掴まれ、異質な空間から早足で出ていくことになった。
弱い雨のことなど気にせず、どんどん歩いていく。
あまりにも早足過ぎる少女に引っ張られ、ノアはただ転ばないことだけを考えた。
公園前でパッと手が離れ、ノアは両膝に手をついて呼吸を整える。
立ち止まった少女は素早く振り返り、向かい合う。
上目遣いで見上げると、少女はさっきまでの我関せずの表情を少し崩していた。
「えと――」
「貴女、誰? 一体なんの用? 学校も違う、他人よね? 脅しかSNSのネタでも探してたの?」
前のめりになって問い詰める少女に驚き、思わず後ずさった。
なんの恨みもなければ、何の用があったか問われても答えようがない。ノアは、ぐるぐると目を回した。
「え、えーと……分かんない」
「分かんない、って」
「ほんとに、ただ、本当に甘くて良い香りする綺麗な子だなぁって思って、ついてきちゃった、みたいな」
我ながら馬鹿で気味の悪いことを言っているな、と呆れるノア。
スン、と真顔になる少女は数秒ほど間を空けて、次第に目と口を緩めていく。
「ぷっ……あははははっ」
笑った。
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