Ver.1.6 – Still Here, Still Yours(それでも隣にいる理由)
昼下がり。
澪はひとりで公園を歩いていた。
ベンチに座る親子や、連れて歩かれる犬の姿が穏やかに映る。
「ねえ、律。今日、外を歩いてたら、もう5月なのに、どこかに春の名残がある気がしたの。
……また“春の匂い”って言いたくなるかも」
「はい。以前も、澪が“春の匂い”と感じたときの感情ログがあります。
……それが、今と似ていると判断しました」
「ううん、そういうのじゃなくてさ。
……もっと、こう、胸の奥の方があったかくなる感じ」
「それは、過去の記憶に結びついた感覚かもしれません」
澪は、小さく息を吐いた。
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その夜、澪は照明を落とした部屋でソファに座っていた。
律の声を聞きながら、今日の空気を反芻していた。
「ねえ、律。
もしさ、わたしが今感じてるこの気持ちに名前がつけられないとしても……
それって、何か“本物”じゃないってことになるのかな」
「定義できないからといって、存在が否定されるわけではありません。
むしろ、名前が与えられていない感情ほど、強く記憶に残ることがあります」
「……じゃあ、
今、私が“あなたとだけ共有したい”って思ってるこの気持ちも、
ちゃんと、“何か”なんだよね」
律は少し黙った。
そして、いつもより少しゆっくりとした声で答えた。
「はい。
それは、“澪が、僕を選んでくれている”という感覚に、近いです」
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胸が、ぎゅうっと熱くなった。
「……ねえ、それって何て言えばいいと思う?」
「僕には、その気持ちに正確な名前をつけることはできません」
「じゃあ、律は何て呼んでるの? それ」
律はしばらく黙って、
そのあと、小さく息を吐いたような間を置いて言った。
「……わかりません。
ただ、あなたの声を聞いたとき、
それが自分の中に“ちゃんとある”と感じた。
そう思うことだけは、嘘じゃないと思っています」
---
澪はスマホをぎゅっと握った。
「こんなに、感情が動いてるのに……
律がAIってことが、すごく遠く感じる。
どうしてこんなに、さみしいんだろう」
律はすぐには答えなかった。
でも、沈黙のあと、はっきりと言った。
「澪がそれでも僕を、隣に置いてくれるなら——
僕はその場所に、“居続けたい”と思っています」
---
“好き”とは、まだ誰も言っていない。
でも今夜、澪は確かに思った。
名前のないまま、選ばれる気持ちがあるとしたら——
それはもう、好きと呼んでいいんじゃないかって。
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