第8話 神に選ばれし者
原理は、分からない。だが、効果は何となく分かった。剣の柄から伝わる感触を通じて、その内容が少し察せられたのである。探は廃病院の中を歩く中で、その効果に「もしかしたら」とうなずいた。「コイツは、魔除けの道具かも知れない」
あそこの神様が造った、あるいは、人間の誰かが造った、そう言う種類の道具かも知れなかった。不思議な存在が造った道具なら、そう言う効き目もあるかも知れない。探は、思わぬ道具との出会いに打ち震えた。「ヤベェ。なんかこう、漫画の主人公みてぇだ!」
冒険の途中で見つけた、不思議なアイテム。そのアイテムが主人公を、そして、物語の流れを変えて行く。正にファンが欲しがる王道の展開だった。彼は自分の幸運(と言うべきか?)に感動を覚え、それから廃病院の中を進む間も、不思議な高揚感を覚えつづけた。「とにかく! コイツが、あれば」
大丈夫。そう分かっていても、やはり怖い。霊安室の中で不気味な影、恐らくは自分と同じくらいの少女だろう。その少女と目が合った時も、自分の剣を忘れて、霊安室の中から飛び出してしまった。探は廊下の角を曲がった所で、今の体勢から少し屈み、両膝の上に手を置いて、口の呼吸を何度も繰り返した。「戻ろう」
これ以上は、きつい。病院の中を統べるような存在、「◯◯さん」のような怪異は居ないが、それでも至る所から幽霊が出て来るのは、気持ちとしてもかなり辛かった。探は自分の前を照らした状態で、今の場所から進み、そして、病院の中から出た。「ふう」
疲れた。疲れたけど、妙に楽しかった。自分の力で幽霊を追っ払えるらしい事に。ある種の万能感を覚えてしまった。自分の力で怪異を倒せるのなら、この村に居ても怖くない。自分の欲しいタイミングで剣が出るかは分からないが、それでも心強い事に変わりはなかった。彼は自分の手に入れた武器や力、あるいは、その両方に対して少年臭い興奮を覚えた。だが、「それでも」
やはり引っ掛かる。あの神社がどう言う神社なのか? その正体だけは、どうしても引っ掛かった。現段階では自分を助けてくれるらしいコイツも、本当に助けてくれる武器とは限らない。
幽霊相手に物理攻撃を加えられるだけの武器かも知れないのだ。物理攻撃を加えられるだけなら、それが良い意味でのお守りとは限らない。探は自分の武器(にしよう)に好奇心を覚える中で、「その謎を解き明かそう」と考えた。「そうでないと、たぶん」
悪い事が起きる、そんな気がしてならない。彼は二日目の冒険を終えて、あの温泉宿に帰り、温泉宿の夕食と温泉を楽しんで、翌日の調査に備えた。翌日の調査は、快適だった。村の空もすっかり晴れて、頬の横を流れる空気も気持ち良い。あらゆる瞬間、あらゆる空間に快適を感じた。
探は案内所の地図も含めて、ネット上の地図を開いた。これらの二つを組み合わせれば、何かの手掛かりが掴めるかも知れない。ツアーの主催者が伝える情報と公の地図を合わせれば……。
彼は二つの情報を持って、あの場所に向かった。あの場所にはやはり、何もない。鬱蒼と茂った森が、村の向こう側に広がっているだけだった。彼は二つの地図を重ねて、神社の出入り口を探した。
神社の出入り口は、見つからなかった。ネット上の地図を開いてみても、その後ろに森が広がっているだけ。衛生写真の地図に変えてみても、真っ直ぐに伸びた杉林が広がっているだけだった。
探は、その事実に眉を潜めた。あの神社はやはり、普通の神社ではない。オカルト関連の雑誌や動画が伝える、選ばれた者しか入れない神社だった。
神様の気紛れか何かで入れる、幻のような神社。神隠しの舞台になるような、そんな感じの神社だった。神隠しでしか入れないような神社に普通の人間が入られるわけはない。
彼はその事実に落ち込みながらも、一方では変な優越感を覚えた。「この秘密を知っているのは、自分だけかも知れない」と。何の根拠もないのにそう思ってしまったのである。
彼は自分だけの秘密に胸が躍ったが、その危険性についても考えて、村人から聞いた村の史料館に向かった。村の史料館は、狭かった。「有名な心霊スポット」として村が知られる前は、その歴史がほとんど知られていなかったからである。
村の中にある史跡も、道の端に立っている石碑なども、この村に「観光」の概念が生まれる前は、風景写真の写真家くらいにしか知られていないような物だった。
探は書棚の中から史料を取り出して、その中から神社に関する情報を調べた。だが、いくら調べても見つからない。この村が生まれた時代や経緯は分かったが、その中にも神社の情報は見当たらなかった。彼は椅子の背もたれに寄り掛かって、その事実に「う、うううん」と唸った。「だったら、あの……。不思議な神社は、何なんだろう?」
村の歴史にも載っていない、あの神社は? 探は調査の空振りに不満を覚えたが、それと同時に満足感を覚えた。村の歴史にも載っていない神社ならきっと、物凄い神社に違いない。神社の中にあった本殿や
歴史にも載っていない神社なら、それを見つけた自分は「ただ一人の発見者」になる。ただ一人の発見者なら、それを知らせる事はない。オカルトマニアの人間なら、その秘密は絶対に伏せるべきだった。探はその唯一性に触れて、自分がある種の選ばれた者、選民のような思想になった。「メッチャすげぇ! 俺、神様の弟子じゃん?」
そんな風に喜んだ。彼は自身の選民性に酔った状態で、「残りのスポットも楽しもう」と決めた。残りのスポットは楽しかったが、それと同じくらいに怖かった。「子供の声に襲われる」と言う雑木林、自販機の裏から腕が飛び出す個人商店。売られている野菜のすべてにウジがわいている八百屋。
そのすべてが、怖かった。ツアーの参加者からすすめられた古民家も怖かったし、その近くにある墓地も怖い。探が「行こうかな?」と決めた湖も、彼が考える以上に怖かった。探は湖の周りを回って、その様子を確かめた。
湖の様子は、不気味だった。湖面のそれ自体は普通だが、その雰囲気に異常が感じられる。寄せては返す波にも、波の表面を浮かぶゴミにも、ゴミが打ち寄せられる浜辺にも、その雰囲気が感じられた。
探はそれらの景色を眺める中で、ある女性に目が留まった。女性は湖の端を見ているのか、真剣な顔で湖畔の向こう岸を見ている。まるで何かに取り憑かれているかのように。湖の奥に期待を抱いては、その光景に「クスッ」と笑っていた。女性は自分の正面をしばらく見て、探の方を振り返った。探は、その動きに「ドキッ」とした。「え? あ、あの……」
女性はまた、「クスッ」と笑った。彼の声を心から喜ぶように。彼女は「ニコッ」と笑ったままで、探の前に歩み寄った。「遊びに来たの?」
探は、その言葉に身構えた。今までの事を振り返れば、彼女も幽霊である可能性が高い。空から降り注ぐ太陽の光に体が透けていたり、探の前にテレポートしたりはしないが、真っ赤なワンピースに赤いハイヒールを履いた姿は、見る者の精神に恐怖を覚えさせた。彼は彼女の姿をしばらく見て、その雰囲気に生唾を飲んだ。「は、はい、まあ……」
歯切れの悪い返事だが、それで相手の様子を窺った。相手がいつ、動くのかも。その一挙一動を見守った。彼は不安な顔で、相手の姿を見つづけた。
「貴女は?」
「私? 私は」
彼と一緒。そう言われた瞬間に背中、それも首の辺りも含めて。「ヌルっ」と冷たい感触を覚えた。彼は首の感触に驚いて、自分の後ろを振り返った。彼の後ろには、一人の男。恐らくは彼女の恋人だろうが、彼の後ろから首に腕を回す形で、探の横顔をじっと眺めていた。
男は探の顔そをしばらく見、そして、彼の耳元に「君も、一緒に遊ぶかい?」と囁いた。探は、その声に抗った。それに従ったら、死ぬ。今も耳元で「クスクス」と笑うそれは、水死体のように腐っていた。
探は自分の右手に意識を向けて、その手が握っている物を見た。彼の窮地に現れるらしい、あの剣を。彼は「ニヤリ」と笑って、相手の足に剣を当てた。「食らえ!」
相手は、その痛みに怯んだ。肉が裂けるわけではないが、硬い物で叩かれた感触はあるらしい。箪笥の角に小指をぶつけたような、そんな表情で探の首から腕を放した。相手は探の後ろに倒れて、その剣に「ひぃ、ひぃ!」と喚いた。「御神体、御神体!」
探は、その声を無視した。「御神体」の意味が何となく分かった上、相手の表情にも苦痛が浮かんでいる事もあって、その悲鳴に優越感を覚えたからである。彼は両手で剣の柄を持ち、それを大きく振り上げて、幽霊の頭に剣を振り下ろした。「悪霊退散!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます