🎶第13話「カノンの静かな決意」

――歌は、誰かのためにあった。でもいま、自分のために歌ってみたいと思った。


「……春人先輩、あの……少し、時間いただけますか?」


放課後の部室。いつもの練習が終わった後、カノンはそっと僕を呼び止めた。


部屋にはもう誰もいなかった。

彼女は小さく深呼吸してから、一枚のノートを差し出した。


「……これ、“私の詩”なんです」


ページには、きれいな文字で綴られた詞。

柔らかな言葉が並ぶそれは、まるで静かな旋律をそのまま紙に落としたようだった。


「ことばにならない きもちの奥に

 ひっそりと咲いていた

 こえの芽を

 いま うたにしたい」


「これ、構文にしてみようと思ってて……。はじめて、自分のために詩を書いたんです」


カノンはそう言って、ゆっくりと話し始めた。


小さい頃、彼女は歌うのが大好きだった。

だがある日、彼女の“歌”が、周りの子を泣かせてしまった。


「うまく言えないんですが……私の歌、誰かの心を動かしすぎてしまったんです。

 それで、“人の感情を乱す歌は危険だ”って、母に止められて……。それから、私は“自分のために歌うこと”を、封じてしまってたんです」


歌うことは、誰かの心を揺らすこと。

それが嬉しい反面、怖くもあった。


言葉はときに、傷をつける。


「でも……言語魔法部に入って、皆さんと出会って。

 “言葉で救えること”があるって知って。

 それで、ようやく少しだけ、“自分のために”歌ってみたいと思えるようになったんです」


彼女の目は、静かに揺れていた。

迷いながらも、芯がある。

その姿が、とてもまっすぐで、美しかった。


「聞いていただけますか?」


「もちろん」


部室の片隅、カノンはそっとノートを見つめ、唇を開いた。


「こえに なれなかった

 あの日のきもちを

 わたしはまだ 覚えてる

 だから今は 歌いたい

 ひとりのわたしに 届けたい」


音になった言葉は、空気に溶けていく。


構文が、そっと起動する。


彼女の歌は、光でも、風でもない。

**“静かな共鳴”**だった。


空間の端が、ほんの少しだけ揺れて、耳の奥にやさしい響きが残った。


【構文名:《自己共感型・再詠唱構文》】

効果:精神鎮静・感情記憶回復/発動形態:歌詞構文/等級:B-(感応特化)


「これは、“他人に向けた構文”じゃなくて、“自分のための詩”なんです」


カノンは歌い終わったあと、小さく呟いた。


「……春人先輩。私、初めて、少しだけ自分を好きになれた気がします」


僕は、気づけば拍手をしていた。


それは、誰に向けたものでもない。

ただ、カノンの“勇気”に心を打たれた、それだけだった。


帰り道。


カノンはふと立ち止まり、言った。


「……これからも、誰かのために歌いたいです。

 でもそれと同じくらい、自分のために、ちゃんと“ことば”を持っていたい」


その言葉が、彼女自身の“構文”のように感じられた。


静かな声が、

誰よりも強いときがある。


それを、僕は知った。


▶次話 第14話「構文大会予選、開幕」

ついに始まる全国構文競技大会予選。各校の個性が激突する中、春人たちは“言葉で戦う意味”を試される――

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