💻第12話「コード構文の夜」
――笑うことは、逃げることじゃない。ふざけた言葉にも、本気の願いが隠れている。
「それでオチはこうなるんだよ、分かるか? オレの構文、“ラップ風味エラー付きユーモア式”、略して“R.E.Y.U.S”。構文名からしてダサいっしょ?」
夜の部室に響く涼の声。
明かりは落ち、部屋には僕と彼だけだった。文化祭の打ち上げも終わり、生徒たちが帰りはじめた時間。
僕はふと聞いた。
「涼って、どうしてずっと“ふざけた構文”使ってるの? 本気出せば、もっと詩的な構文とか、理詰めの構文もできるんじゃ……」
いつもの涼なら「天才だからな!」と笑って返すだろうと思った。
でも、その夜は違った。
「……ああ。できるよ」
彼の返事は、思った以上に静かだった。
「でもさ。オレ、昔は“真面目にやること”が、なんか怖かったんだよね」
涼は、構文練習用のホワイトボードに、かつて書いた自作構文の残骸を指でなぞった。
「中学のとき、言語魔法部にいてさ。“感情構文”ってやつにハマってた。ちゃんと詩を書いて、想いを込めて、必死に練習してた」
「……でも?」
「大会で大ゴケして。詩がうまく発動しなかった。
しかもそのあと、クラスで“こいつ詠唱失敗したポエマーw”って笑われてさ。
ああ、これが“言葉で失敗する”ってことか、って思ったんだよね」
涼の手が止まる。
「それで、ふざけた構文ばっか使うようになった。“おもしろ枠”なら、ミスっても笑って済むからさ。真面目な詩が否定されるの、怖かったんだ」
僕は言葉を失った。
普段、陽気で誰とでもすぐ打ち解ける彼の裏に、そんな過去があったなんて――
想像したこともなかった。
「でも、春人を見てたらさ。思ったんだ。
“真面目な言葉を、堂々と投げてくる奴”って、めっちゃ強いなって」
涼は、構文端末を起動し、自分の構文ライブラリを開いた。
その一番奥に――驚くほど繊細で、叙情的な詩構文が眠っていた。
「君の涙に 理由はいらない
ただ、その頬を
そっとぬぐえる風でありたい」
「これ……涼の?」
「うん。封印してたけど。……今度、もう一回使ってみようかなって」
「いい詩だよ。すごく、まっすぐで」
「だろ? てことで、春人。今度またバカやるときは付き合えよ。でもその前に……ちょっとだけ、本気出してみる」
数日後。
放課後の部室で、涼は静かに詠唱した。
「想いを詩に 詩を風に
笑いの仮面を外しても
おれは、ことばで、
お前の隣にいるからな」
構文が発動し、やさしい風が室内を包んだ。
誰も笑わなかった。
誰も茶化さなかった。
ただ、僕たちは――拍手を送った。
涼の言葉は、もう“逃げ”じゃなかった。
笑いも、ふざけも、本気も――
ぜんぶ彼の“構文”の一部だった。
その夜、僕は改めて思った。
どんな言葉にも、ちゃんと“生きてきた理由”が宿っている。
▶次話 第13話「カノンの静かな決意」
歌詞構文使い・古谷カノンが、ついに“自分の歌”を作りはじめる。だがそこには、過去のある“誓い”と喪失があった――
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