🌟第4話「歌声の導く新入部員」

――その歌は、まだかすれた声だった。けれど、確かに“光”だった。


春の校内合唱会は、毎年恒例の大イベントだ。

1年生にとっては最初の大舞台。クラスで歌を披露し、その出来が学校の評価に直結するという、地味に緊張感のある行事だ。


「……あの子、大丈夫かな」


体育館のリハーサル席、僕は舞台の袖で不安そうに見守る古谷カノンの姿に気づいた。


小柄で、髪の毛は肩にかかるくらい。制服のリボンをきちんと結んだ、いかにも“真面目な後輩”という印象の少女。

だがその背中は、今にも崩れそうなほど不安定で――それ以上に、声が出ていなかった。


「……彼女、歌う直前になると喉が塞がる癖があるのよ。音楽は好きなのに、舞台に立つと声が出ない。いわば“心の詰まり”ね」


詩織が言った。観察眼の鋭さはさすがだ。


合唱会直前、カノンのクラスの発表が始まった。

彼女のパートはソロ。前奏が終わり、皆が静かに見守る中――


その瞬間、彼女の声は、やはり出なかった。

数秒の沈黙。会場に微かなざわめき。誰かが小さく笑う声。


僕は、たまらず立ち上がっていた。


「……よし」


春人、何する気? と詩織が振り返ったが、僕はすでにAI詠唱サポーター端末を開いていた。

目の前にカノンの姿を思い浮かべ、僕は即興で詩を紡ぐ。


「怖がらなくていい

 声は、君の奥にある

 今は小さくても

 それでも、それでも――君だけの音だ」


構文名はない。登録もされていない。

ただ、心から、彼女のために詠んだ言葉だった。


その詩が風になって舞い、舞台袖まで届いた瞬間。


カノンの肩が、わずかに揺れた。


彼女は、両手を胸に添え、目を閉じる。

そして――歌い出した。


その声は、細くて、震えていて。

けれど、まっすぐだった。


ピアノの音に乗って、旋律が流れ始める。

次第に広がっていくその歌声に、ざわついていた会場が静まっていく。


観客の意識が、たったひとりの歌声に集中する。


音の粒が、空気を浄化していくようだった。


気づけば、会場の照明が微かに光を帯びていた。

それは――言語魔法反応。


AIが反応している。彼女の歌は、“歌詞構文”として発動していた。


舞台が、ほんのりと光に包まれる。


それは、彼女の内側から零れ出た想いが、詩になり、構文になり、魔法になった証拠だった。


歌が終わると、しばしの沈黙。そして――拍手。


誰かが先に手を叩き、それが連鎖のように広がっていった。


合唱会が終わったあと、カノンは校舎裏の花壇の前にぽつんと立っていた。

僕たちは、そっと声をかけた。


「……ありがとう。春人先輩。あの詩、きっと……届きました」


彼女は小さな声で言った。


「……私、怖かったんです。でも、あのとき、言葉が……優しく背中を押してくれた気がして」


その顔は、まだ少し照れていたけれど、どこか晴れやかだった。


「……私も、あんなふうに。誰かの心に届く“魔法”を歌いたいです」


その言葉に、僕も詩織も、思わず顔を見合わせて笑った。


「ようこそ、言語魔法部へ」


僕がそう言うと、カノンは小さく深く頷いた。


春の光が、彼女の髪を撫でていった。


その声はまだ小さい。けれど、確かに

“届くための魔法”を、手に入れた。


▶次話 第5話「言葉の暴走」

未検証構文が引き起こす学内トラブル!

言葉の力の“危うさ”と“責任”を、春人たちは知ることになる――。

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