第10話 Share a quarter -私と貴方-.6

 天高く、馬肥ゆる秋。

 

 その風は透明な色をしていながらも、高い、澄んだメロディを奏でていた。

 

 開けた窓の外を流れる景色が、酷く輝いて見える。

 順風満帆、そのものだった。

 

 隣には愛する人。どれだけ手を伸ばしても、絶対に手に入れられないと疑わなかった人がいる。

 

 彼女は、のんびりとした顔つきで車のハンドルを操作していた。早く免許を取って、代わりを務めたいものだ。

 

 その横顔を見つめているうちに、彼女も私の視線に気が付いたらしい。遠慮がちに微笑みながら、その可愛らしい唇を動かして呟く。

 

 「ひ、一葉ちゃん?そんなに見られると、照れるかなぁ…」

 

 朱の差した顔つきに、好きだ、という単純な、だけどずっと口にできていなかった想いがあふれ出て、我慢できなくなる。

 

 「すいません、でも、好きです。和歌さん」

 

 「ぴっ」と妙な声を出して反応する和歌。

 

 本当に可愛い、と私の表情はへにゃへにゃにだらしなくなる。

 

 ――あぁ、今日はなんていう素敵な日なんだろう。死ぬにはちょうど良い日だ、なんていう言葉もあるけど、彼岸でも二人でこうしていられるなら、確かに死んでもいいかもしれない。

 

 「うわぁ、キャラと違いすぎ…。ちょっとひくわぁ」

 

 静かなエンジン音が鳴る車内で、うっとり恍惚に浸っていた私の耳に、水を差すような声が聞こえてくる。

 

 ――そうだ、こいつらさえいなければ…。

 

 チッ、と舌打ちをしながら、ぐるりと後部座席を振り返る。

 

 「ちょっと、外野は引っ込んでて。折角和歌さんとのデートのはずだったのに、なんでついてくるかな…」

 

 「いやいや、和歌さんが誘ってくれたんでしょ?じゃあ、行かないと。ね、霞?」

 

 「え?あ、うぅん…」煮え切らない返事をしたのは、小板だ。「でもね、一葉、私はちゃんと反対したんだからね?二人のデートの邪魔するのは駄目だって。だけど、奏が聞いてくれなくて…」

 

 どうせそんなことだろうと思ったよ。こういうとき、小板は無害だ。むしろ、私の気持ちを汲んでくれるまである。

 

 それに比べて志藤は、私の気持ちを察したうえで、嬉々として邪魔をしてくるタイプだ。自分は小板と一緒ならどこでもいいのだろうが、だったら、二人でどっかいけ。

 

 「なに言ってるの、霞。これは和歌さんからのSOSなの」

 

 「え?」と突然話題を振られて驚く和歌。

 

 というか、和歌さんって呼ぶな。まあ、私も和歌も同じ御剣姓だから、しょうがないのかもしれないけれど…。

 

 「どういうこと?」一応聞き返す小板。

 

 「だって、二人はまだお試し期間なんだよぉ?それなのに、やたらと二人きりになりたがる一葉を警戒してるんだね、これは」

 

 「はぁ?適当言わないでよ!」私が怒りを露わにすると、「まあまあ」と和歌がなだめた。

 

 「ほらぁ、一葉ってムッツリじゃんかぁ?それは警戒するよねぇ」

 

 「は、おい奏!適当言うなって」

 

 「まあ、確かにムッツリだよね…」

 

 肯定する小板を睨むも、彼女はもう私の目付きの悪さに慣れてしまっているようで、苦笑いしか返さない。

 

 愉快そうに笑う志藤に、和歌がそれとない様子で尋ねる。

 

 「なに、何かあったの?」

 

 「あ、和歌さん、ちょっと…」

 

 焦る私を跳ね除けるように、志藤が続ける。その嬉々とした感じが、いかにも彼女らしい。

 

 「聞いてくださいよ、和歌さん。一葉ったら、私の胸チラは見るわ、太腿はガン見するわ、あまつさえ、私の可愛い霞のことも、いやらしい目で見るんですよ…」

 

 泣き真似をする志藤の横で、「え?」と小板まで驚く。どうやら、神経質だが、隙の多い彼女は今の今まで私の目線のことには気が付かなかったようである。

 

 「へぇ…」と眉をひそめる小板。「一葉って、ちょっと節操ないんだね…」

 

 お前の彼女のほうが節操ないだろう、と怒鳴りつけたくなったが、途端に無言になった和歌のことが気になって、彼女の顔を盗み見る。

 

 和歌は不安そうに顔を曇らせて、落ち込んだ様子で前方を注視していたのだが、赤信号ギリギリで停車したところを見るに、頭の中は運転に集中出来ていない様子だ。

 

 最悪だ、和歌さんに節操なしと思われた…。

 

 さすがに責任を感じたのか、慌てた口調で志藤が補足する。

 

 「で、でもぉ、一葉ってば、ずっと和歌さんの話をするんですよ。顔が童顔で可愛いだの、身長に対してグラマラスだの、優しくて、色々と教えるのが上手だの」

 

 「おい、やめろ…!」

 

 途中、私の性癖が出てたじゃないか。そんなこと言った覚えはないぞ。

 …まあ、当たっているけど。

 

 だが、志藤の補足は功を奏したようで、和歌の顔は赤に染まり、困った様子ながらも、どこか嬉しそうな表情でこちらを見た。

 

 目が合い、胸がきゅんとする。

 

 「ご、ごめんね。いい大人なのに、なんだか、そのぉ、嫉妬、しちゃって…」

 

 「大丈夫です。和歌さんに嫉妬されるの、正直、嬉しいです…」

 

 また、はにかむ彼女。

 

 むずがゆい雰囲気になったことが不服だったのか、志藤がまた余計なことを口にする。

 

 「…でも、押し倒したいとも言ってました」

 

 「ばっ…」これは、本当だった。

 

 確か、和歌への告白を終えた次の日、私が、動揺しながらも頬を染めた和歌の可愛さを語ったときに、口を滑らせた気がする。

 

 そんなことはしない、とはっきり断言したかった。

 

 しかし、チラリと確認した和歌の顔が、今までにないくらい真っ赤に染まっていて、思わず紳士宣告の言葉を飲み込んでしまった。

 

 私は、こんな可愛い和歌さんの隣で、紳士でなんていられるだろうか…。

 

 正直、あまり自信がない。

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