13.きれいだった

 月が綺麗だった。

 雲も風も邪魔しない、穏やかすぎる夜だった。


 血のように真っ赤な、なんて使い回された比喩が脳髄から引きずり出される。でも、今目の前にある赤には黒がない。

 炎の赤とも違う。あれはどちらかというと、橙色だ。

 ルビーは見たことがないが、煌びやかさとは異なる赤だと思う。

 どこまでも汚れがなくて、きっと生み出された時から赤だった。

 ない脳を引っ掻き回したところで、この赤を表すのにぴったりな言葉なんて見つからない。

 唯一その赤に異なる色があるとすれば、黒い円だ。

 作り物かのように歪みのない円。


 一瞬、円が消えてしまった。


 僕は息を呑んだ。


 闇を嫌うような白銀の髪が、月の光を飲んでいる。

 白く透き通るような肌だが、冷たさは感じない。

 人の温かみを残している。

 その人の口元が弧を描き、目元をそっと細めた。


 ……僕はずっと、この人の目を見ていたんだ。


 理解した時、腹の底から嫌悪感が内臓を貪った。

 汚い僕が、この人を見てしまった。

 きっと、その赤い瞳は汚れてしまった。


 あんなに、あんなにも。


 綺麗だったのに。


 

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