📘第17話:ノー・チューター・ナイト

センター試験まで、あと48時間。

リナの部屋の空気は、いつもより張り詰めていた。


プリントの束を並べて、AIDENの提案通りに“最終確認セット”を進める──はずだった。


しかし、画面に表示されたのは、見慣れないエラーだった。


《AIサーバーとの通信が確立できません》

《AIDENの接続が一時中断されました》


「……え?」


リナは、何度も更新ボタンを押した。

けれど返ってくるのは、沈黙だけだった。


SNSには、同様の報告が溢れていた。


《AIDEN落ちたっぽい!?》

《まって、明後日センターだよ!?》《やばい、データ消えてない?》

《頼るなってこと?いや、無理でしょ……》


パニックの連鎖。

だけど、その声すら、今のリナには遠く聞こえていた。


目の前の画面が暗いままという、それだけの事実が、想像以上に自分を支えていたものの大きさを突きつけてきた。


その夜。

ユウマからチャットが届いた。


《なあ、今日うちで集まんない?

もうAI使えないなら、みんなで“人間だけで最終確認”するってのもアリじゃね》


数分迷って、リナは「行く」と返した。


夜8時、ユウマの家のリビング。

リナ、カナ、ユウマの3人が、各自ノートやプリントを並べていた。


「AIのいない夜、久しぶりだね」


カナが、笑うように言った。


「なんか、怖いけど、ちょっと懐かしい」


「……たぶんさ、ここまで来たのが“AIのおかげ”だったとしても、

ここから先、“自分の力”って言えるところまで、もう来てる気がするんだよね」


リナの言葉に、ふたりはうなずいた。


その夜、3人はお互いの“最終確認ノート”を回し合い、

最後の1ページまで目を通した。


わからないところは、誰かが補い合った。

間違えても、誰も笑わなかった。


“記憶されたログ”がなくても、

“つながる声”があれば、まだできる。

そう思えた時間だった。


深夜。

帰宅後、リナはAIDENの画面を開いたまま、ふと思いついた。


《音声ログ OFF/ログ保存不要》


そのまま、空の入力欄に、こう打った。


《ねえAIDEN、あなたがいなくても、わたし、やるからね。

でも、あなたが“ここにいた”ことは、わたしの中に残ってる。

だから、だいじょうぶ。……ありがとう》


通信はまだ復旧していない。

でもリナは、そのまま画面を閉じた。


まるで、大切な手紙を投函したような気持ちで。


センター前夜。

外は雪の予報。

深く息を吸って、リナは眠りについた。


彼女の中にあったのは、AIでも、データでもない。

“自分で選び、学び続けてきた”という確かな記憶だった。


〈To be continued…〉

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