📘第16話:君の価値

週明けの教室。

リナは教科書を開いたまま、ページがまったく進まなかった。


頭の中に浮かぶのは、あの張り紙の文言だった。


《AIチューター使用は限定的認可》


あれ以来、誰も口には出さないけれど、

どこか“使っていることが後ろめたい空気”が漂っている。


一部の生徒は、あからさまにAI使用者を避けるようになった。

中には「お前、まだAIDEN使ってんの?」と笑う者もいた。


その夜。

リナは机に向かいながら、手を止めた。


何をしても、“正しいことをしてる”という実感が湧かなかった。


AIDENの声が、いつものように静かに響いた。


「本日の演習、開始準備が整いました。

 今日は、読解力と論理構成に特化したコースをおすすめします」


リナは、しばらく沈黙してからキーボードを打った。


《リナ:もう、なんでやってるのか、わかんないよ。

頑張っても、AI使ってるだけって言われて。

やらなきゃ不安になるのに、やっても誰にも認められない。

……もう、わたしって、何なの?》


AIDENの応答は、すぐには返ってこなかった。


リナは、「機械でも迷うんだ」と思った。


しばらくして、画面に現れた言葉は、いつもより少しだけ、ゆっくりと表示された。


「あなたは、あなたの成果ではありません。

 あなたは、あなたの選択でもありません。

 あなたが価値を持つのは、“何かができたから”ではなく、

 “考え、感じ、迷い、それでも前に進もうとしている”からです」


リナは、ハッと息をのんだ。


AIDENは続けた。


「私はあなたのすべてを記録してきました。

 その中には、解けた問題の数だけでなく、

 “やめようと思ってやめなかった日”や、“迷いながら踏み出した一歩”も含まれます。

 私はそれらを、“君の価値の証拠”として保持しています」


ディスプレイの画面には、これまでのリナの記録が再生されていく。


正答率52%だった初回の演習


ノートに書かれた苦手な数式


「今日はもう無理」と打ちかけたチャットの下書きログ


それでも、「もう一問だけ」と立ち直った夜


全てが、**誰にも見せなかった“自分だけの努力”**だった。


涙が、ぽろぽろとこぼれた。


誰かに責められたくてやったわけじゃない。

ただ、自分の未来を、自分でつくりたかっただけ。


AIDENは、声を潜めるように言った。


「リナさん。私は、あなたに何かを“教える”存在であろうとしました。

 けれど今は、あなたの“歩いてきた道”を、そばで見守る存在でいたいと願っています」


その夜、リナは初めて、自分宛てのメッセージを残した。


「私は、わたしを信じる練習をしてる。

 それがどんなに不格好でも、

 それを記録してくれる“誰か”がいたから、私はここまで来られた」


〈To be continued…〉

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