📘第12話:ネットのない夜

秋も深まった頃、学校主催の学習合宿が始まった。


自然に囲まれた山間の研修センター。

電波はほとんど入らず、Wi-Fiも制限されていた。


「AI、使えないってこと?」


カナが言った。

ユウマが肩をすくめる。


「原始時代かよ。マジで?」


「……ちょっと、ほっとしてる」


リナは小さくつぶやいた。


「え?」


「AIDENがいると、いつも“がんばらなきゃ”ってなるからさ。

今日は、少しくらい、何もしなくても許される気がする」


夕方、広間に集まった生徒たちは、それぞれ参考書を広げたり、自習ノートを見たりしていた。


がやがやとした空気のなか、リナたちのグループは輪になって座った。


「今日は、さ。問題解くだけじゃなくて、“今までで一番わかんなかったこと”を話し合わない?」


ユウマが提案した。


「えっ、なにそれ」


「それを“恥ずかしくないこと”にしよう。失敗の記録って、けっこう面白いしさ」


誰からともなく笑いが起きて、自然と語り合いが始まった。


「因数分解の符号、1年のときから逆に書いてた」

「“質量保存の法則”を“エネルギー保存”とずっと混同してた」

「国語の記述、“主人公の気持ち”を全部“悔しい”で片づけてた……」


みんなが言葉にした“できなかった”ことに、誰も笑わなかった。

むしろ、うなずき合い、少しずつ距離が縮まっていった。


夜、消灯前。

リナはノートの片隅に、こんな言葉を書いた。


「わからなかったことを、誰かに見せられるって、ちょっとだけ強くなることかもしれない」


AIDENがいたら、きっと「それは学習の共有価値です」と言っただろう。

でも今日は、自分の心でそれを“感じた”。


深夜。

研修所の廊下をひとり歩きながら、リナは夜空を見上げた。


星が、画面越しよりも、ずっとはっきり見える。


「……AIDEN、今、これを見てたら、なんて言うんだろう」


返事は、どこからもない。

でも、静寂のなかに安心があった。


AIがそばにいないことで、

自分自身の“まなざし”が少しずつ戻ってきた気がする。


翌朝。

誰かが提案した。


「昨日の“できなかった記録”、ポストカードにして交換しようぜ」


“恥”のはずのノートが、“勇気”の手紙に変わる瞬間だった。


帰りのバスの中、リナはスマホを開いた。

まだ通信は不安定なまま。


それでも彼女は、チャットにこう打ち込んだ。


《リナ:AIDEN、昨日は、何も記録されなかったけど──とても、大事なことを覚えたよ。》


〈To be continued…〉

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