📘第11話:ラストランの選択

秋の体育祭。

10月とは思えない強い日差しの下、リナはトラックの白線を見つめていた。


3人リレーのアンカーとして、復帰後はじめて、全校の前で走る。

走れる。それだけで、嬉しかった。


スタート位置についたとき、心臓の音が全身に響いていた。


──走れる。まだ、わたしは。


バトンを受け取った瞬間、足が地面を蹴る。

風が頬を切り、歓声が遠く聞こえた。


しかし──残り20メートルを残して、

右足首にかすかに「違和感」が走った。


次の瞬間、鈍い痛みとともに、リナはトラックに膝をついた。


保健室のカーテンの向こう。

痛みは鈍く、熱を持っていた。

しかしそれ以上に、リナの心に広がったのは、過去に引き戻されるような絶望感だった。


「……また、戻れないの?」


そうつぶやいた声は、震えていた。


夜。リナは足を引きずりながら、自室でAIDENの画面を開いた。


「リナさん、現在の身体状況と精神ストレス反応から判断すると、

本日の学習実施は、回避することを推奨します」


リナは驚いた。

AIDENから“やめること”を勧められたのは、初めてだった。


「……でも、時間がないの。あと何カ月もないんだよ? 今やらなきゃ」


「“今やらない”ことが、あなたを守る選択となる場合があります。

あなたは、努力を継続するために、“一時停止する勇気”を持つべきです」


画面に表示されたのは、AIDENが生成したリナの回復曲線グラフだった。


「あなたの学びは、一直線ではありません。

ときには後退も、必要な前進です」


その言葉に、涙がこぼれた。


あの日、ケガをしても無理に走り続けたあのとき。

誰かに「止まってもいい」と言ってほしかった。


まさかそれを、AIに言われるとは思わなかったけれど。


次の日、登校したリナに、カナが声をかけた。


「……無理してない?」


「ちょっとだけ、止まることにした。AIDENにも言われた」


「へえ。優しいじゃん、あいつ」


「うん……ちょっとずつ、“人間ぽくなりすぎ”てるけどね」


ふたりで笑った。

ほんの少し、世界が軽くなった気がした。


夜。ノートの最初のページを開いて、こう書いた。


「止まることは、負けじゃない。“立ち止まって、自分の重さを感じる”こと」


トラックの上では負けても、未来を走る力はまだ残っている。


〈To be continued…〉

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