第7話 夢の世界に居続ける

「勉強から逃げて、学校から逃げて、実家にも追われていたの」


 パスタの中に隠れたミートボールを、モモコはフォークで追いかける。クルクルと回して、口へ放り込む。


「それで、逃げていたんだな?」


「もう、親のいいなりになるのはウンザリだった。だからお金を盗んで、逃げた」


 誰にも頼られたくないモモコの意思は、そこから来ているのか。


「あいつらから盗んだお金は、とある組織との取引するための資金だった。黒服を騙して、それをかっさらったの」


 一世一代の、賭けだったのだろう。もしかすると、最初からモモコは死ぬ気だったのかもしれない。


 いや、考えるのはよそう。今は、前だけを見ていたい。


「でもさ、クニミツといると楽しい」


「そうか?」


 オレみたいなおっさんといるのが、JKにとっちゃ一番退屈だろうと思っていたが。


「ただのオッサン相手だったら、そうかもしれないけど。クニミツは、ちゃんと話を聞いてくれる」


 そういってもらえると、うれしい。


「工作なんて初めてやった。あんたさ、ラーメンとか自分で作る余地があると考えてるんでしょ?」


「かもな」


 オレは、宿の食堂で頼んだラーメンを箸ですすった。コメ粉を使っているのか、フォーみたいな食感だ。味も薄めである。付け合せの調味料も、バリエーションが辛いか酸っぱいかしかない。


「文化祭とか、やらなかったのか?」


「ずっと迷子センターの管理をやらされていたから」


 頼りになるからと、押し付けられて。


「うわ。灰色の青春だな」

 

 考えたくはないが、厄介払いだったのだろう。本人は何も悪くないのに、家のせいにされて。

 

「だから、誰かと一緒に何かをするのには憧れてた。今は楽しい」


「そうか。じゃあ、満喫しような」


 コイツが帰りたくないと言っていた理由が、わかる気がする。

 


 宿で一泊した後、オレも敷地内に精霊を呼ぶことにした。畑の管理をしてもらうためだ。


「頼むぜ、クレイゴーレム」


 泥で作ったゴーレムに、農具を渡す。


 結界のお陰で、領域内に魔物が入り込めないのはありがたい。

 

 オレたちは、家の家具になりそうな素材を探しに向かった。

 

 ベッドの毛布になるクモの糸を手に入れ、ダンジョンでは鉄などを集める。


 近場に、ダンジョン付きの森があるのがいい。


 ダンジョンはボスモンスターなどはおらず、多少のモンスターが出る程度である。


 天井から落ちてくるクモを、剣でなぎ倒していく。


「ていっ、ていっ」


 モモコも、炎を使ってクモの数を減らす。


 クモを殴って、必要な分の糸を集めた。


 こうして、念願のふかふかベッドができあがる。できあがりの後は、ハイタッチだ。


 装備も、最適化していった。


 オレもよりサイバーパンクなプロテクターへと変わっていき、モモコも中二病じみたゴテゴテファッションへと変わる。


 また、武器の収納も変えた。オレはエレキギターに、モモコはマイクスタンドだ。


 この世界は、戦闘系ジョブの他に、非戦闘サブクラスを選べる。

 大量にスキルポイントがもらえる分、サブクラスにポイントを振る余裕もあった。


 モモコが【踊り子】、オレが【吟遊詩人】を手に入れる。


「【錬金術師】とか、手に入れると思ったんだが?」


「その職業は、【ナイト】職とスキルがだいぶかぶる」


 まったく噛み合わない職業を選び、できることの幅を広げようとしたのだ。


「あと、ほしい装備が踊り子にばかり偏っている。【仕込み杖】とか」


 中二心をくすぐる装備品に、惹かれたようだ。


「クニミツはどうして、吟遊に?」


「楽器ができるようになりたかっただけだ。完全にガキの夢だな」


「夢を追うことは、大事」


 どちらも、生産性や効率などは考えない。夢の中で生きているオレたちに、うってつけだ。


 しかし、この段階でもまだレベルは四だった。銃の開発までは、もう少し難しいクラフトをせねば到達しない。


「なあモモコ、作りたい物がある」


「そろそろ、銃?」


「違う。風呂だ」

 

 旅へ出るたびに、いちいち風呂を浴びに宿をとるのが面倒なのである。


「気持ちはわかるけど、装備品の売買があるから別にいいじゃん」


「でもなあモモコよ。こういった細かい出費が後々に響くんだよ」


 今はたいてい大浴場か、個室のシャワーを使う。


「クニミツ、庶民派すぎん?」


「オレはもともと庶民派なのっ」


 また、他の冒険者と一緒に入るのがしんどい。

 

「たしかに、お風呂があるのはいいかも。ジロジロ見られるのは、たしかにヤだ」


 モモコは一般的なボディを、遥かに超えているからな。


 さっそく、風呂づくりを始めることにした。


 自宅からダンジョンまでの道を開拓しつつ、木材や石材を集めていく。


「湯は井戸から溜めて、足が伸ばせる程度の浴槽があるといい」


「うんうん」


 井戸は汲み上げ式から、水道にまで発展していた。


 これをさらに、風呂釜へと繋げていく。


 クラフトレベルががったので、【かまど】を作る。これで火を炊くのだ。ただし、料理や錬成とも併用できるため、どれか一つを行っていると使えなくなる。


「三つ作れるようにしたいね」


「うむ」


 とにかく今は、風呂の温めだ。


 ようやく、風呂が沸く。


 オレたちはハイタッチをした。


「では、お先にどうぞ」


「えっ。先に入りなよ」

 

 たしかに、オレの方が汚れている気がする。


「入りたいって言ったのは、クニミツのほうじゃん」


「わあーったよ。では、遠慮なく」


 オレは湯に浸からせてもらう。


「ふう」


 これはいいものだ。なんといっても、湯船を独り占めできるってのがいい。


「湯加減はどう?」


 「ああ。とっても快適だぁ!?」


 声がした方向へ振り返ると、ビキニ姿のモモコがいた。


 オレは慌てて湯船に首までつける。


「お前、何考えてんだ!?」


「水着もクラフトできるから。作ろうと思って」


 精霊の力を借りているのか、モモコの格好は花柄のビキニである。イメージカラーの青をベースにしていて、大胆でありつつおとなしい。


 着ているモモコが恥ずかしがっているので、余計にこちらの背徳感をあおってくる。


「背中流してやろうかなって」


「いいよ。そんな気を使わなくても」


「でもさ、こういうイベントってお約束じゃん?」


「オレらはカップルじゃねえんだ。間に合ってますっ」


 まさかコイツ、楽しんでるのか?


「とにかく、背中を向けなよ」

 

「お、おう」


 モモコがぎこちなく、オレの背中を流す。


「石けんとかクラフトするの忘れてた」


「なんだかんだ、作るのが多いな」


「もっと錬成レベルを上げないとね」


「それがわかっただけでも、今日は大収穫だな」

  

 

 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~



 で、今に至る。

 

 当時のいじらしさも、数週間も経てば失われていったわけだが。

 


「いただきまーっす。あー、おいし。やっぱゴハンはクニミツに任せて正解だね」


 あれだけ野菜嫌いだったモモコも、ナスやニンジンをガツガツ食っている。歳を取れば、味覚も変わるものだ。


 オレたちは夏野菜カレーを食いながら、当時を振り返る。


「あのときは全部手探りで、大変だったよね」


「レベル一の段階でサービスしてもらっていたから、かなり楽だったんだがな」


 案外、敵が強いのだ。歯ごたえのある冒険を求めていると、思われたのか?


 ともあれ、オレたちは生産のレベルが五までアップした。オレたちのクラフト生活も、ムダではなかったわけである。


「ごちそうさまでしたーっ……ん?」


 手を合わせたモモコが、物音に耳を澄ませた。


 かまどが「チーン」と音を鳴らす。


「クニミツ、かまどの火が止まった! 完成したよ!」


 風呂さえ後回しにするほど優先していた【かまど】の火が、ようやく止まった。


「おっ」


 オレたち二人は、立ち上がる。


 これで念願の銃作りに、一歩近づいた!


 かまどから、銃身になる鉄を取り出す。


「やったぞ。これで、銃が作れる……」


 的にしようと作った丸太人形に、何者かが乗っていた。モンスターか? 魔除けの魔法は、街じゅうに張り巡らせているのに。


「誰だ!」


 オレは、丸太人形に狙いを定めた。


「待ってモジャ! 攻撃しないでモジャーッ!」


 耳の長い猫のような謎の小動物が、丸太人形に隠れていたではないか。



(第一章 完)

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