第22話 小さな違和感

 町の市場へと向かったミシャーナとフィンは、あまりの活気のなさに驚いた。アメンの町は小さな田舎町だったが、人々には生きる気力が満ち溢れ、町そのものが生きていた。

 しかしベジ町は見た目こそ綺麗だが、活気が感じられない。

 せっかく市が開かれていても人出はまばらで、呼び込みの声にも張りがない。立ち寄っている人はどう見ても旅人で、そこかしこで値段交渉が行われているようだった。


「なんだか疲れている感じがするわ」


 町の様子をそう表現したミシャーナは、一番近くの店を覗いた。青果を取り扱う店には、美味しそうな果物や野菜が並んでいる。しかし、その値段を見てミシャーナは驚いた。


「嘘……セリシエ領の三倍はするわ」


「品質はどう?」


「見ただけでは分からないけど、変わらないように見えるわ」


「お兄さん、カルッシュをひとつください」


 フィンが四十代半ばほどの店主に声をかけると、お兄さんと呼ばれたことに気を良くした店主は雑談に乗って、町の様子を饒舌に語った。


「それにしても、カルッシュひとつに三千シェンも取らなきゃなんねえとは……他所の町に行けばせいぜい千五百シェンがいいところなのにな。何もかも税金で旅人以外誰も買ってくれねえから、みんな手分けして他領まで売りに行ってるんだ」


「へえ、確かに高いよね。そんなに税金が上がってるの?」


「ああ、この果物ひとつ取っても売れば販売税、店を出せば出店税、俺らが働けば労働税、しかも販売税取ってるくせに売上税まで取るって始末さ。領主さまが変わってからみんな重税で苦しんでる。形あるものにかかるのは分かるが、目に見えない物にまで税金かけるのはなぁ」


「生きているだけで罰金みたいなものですね」


 ミシャーナがあまりの状態に思わずつぶやくと、店主は「その通りだな」と笑った。しかし、乾いた笑い声には張りが感じられなかった。


 広場に移動し、フィンが買ったカルッシュを手で割ると、取れたばかりの瑞々しいしぶきがあたりに飛び散る。ミシャーナはその半分を受け取ってひと口「シャクリ」とかじりついた。


「おいしい……けれど」


 ミシャーナは言いよどんだ。カルッシュはバリトー邸でも食べたが、印象は全く違った。

 バリトー邸で出た物はもっと深い甘みと豊かな香りが立っていたのに、買ったカルッシュは水分が多いというだけで味そのものは他領のものと比べると大差はない。

 それなのに、他領の倍以上の値がするのはどう考えてもおかしい。


「肥料なんかも重税で与えられないのかしら? そう考えると、やっぱりバリトーさんって……」


「彼は貴族だろうね」


 ミシャーナの疑問に、フィンがあっさり答えを出した。しかしフィンも疑問に感じるところがあるようだ。


「貴族……なんだろうけど、あの庭の畑や果樹園は趣味にしてはやりすぎだと思う」


「そうよね、あの畑は一朝一夕で出来るものじゃないわ」


 飢饉に苦しんだ過去があるからこそ、ミシャーナは農業の大変さを知っている。それなのにあの美味しい野菜を職務の片手間で作れるとは思えない。

 カルッシュを食べ終え、二人はもう少し町の中を散策するために立ち上がった。

 ミシャーナが一歩踏み出した時、体勢を崩した初老の男性とぶつかった。男性が持つ書類がその反動で落ちて散乱する。


「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


 慌てて男性を助け起こし、散らばった書類をかき集める。その時、意図せず目に入った書類の内容にミシャーナは驚いた。

 書類は課税照会書だったが、問題は書かれている金額だ。

 町人が疲弊するほど税金を徴収しているはずなのに、記載されている金額が明らかに少ない。セリシエ領で各町村の税収について調査をしたことがあるが、こんなに少ない町はなかった。

 ベジ町はどう考えても中規模の町だ。これだけ税を取り立てているならそれなりに町の運営資金は潤っているはずである。それなのに、ちらりと目を通しただけでもゼロが二つ足りない。


 慌てて他の書類を拾いながら内容を少しずつ確認する。すべてを把握するのは難しいが、書類を拾いながら出来る限りの内容を記憶するよう努めた。


 初老の男性は、書類をかき集めるとミシャーナへのお礼もそこそこに、そそくさとその場を退散した。


 ミシャーナはフィンをちらりと見て手を握ると、感覚共有を使い違和感について考えを共有する。するとフィンの方からも返答があった。


『安心して。僕が見た書類の方は風印の力で全て記憶した。あとで共有するね……それよりも』


 何かを続けたそうなフィンの顔を見て、ミシャーナは首をかしげる。フィンは言いかけた言葉の続きを口に出してミシャーナに伝える。


「ミサから手を握ってくれるなんて、嬉しいな」


 見えないはずなのに、ミシャーナにはまたフィンが犬のしっぽをブンブン振っている様子が目に見えた。急に恥ずかしくなって手を離すと、わずかに染まった頬に当てる。


 ミシャーナが覚えた小さな違和感は、バリトー邸に戻ると確信へと変わるのだった。

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