第21話 調査開始
甘いやり取りで顔の熱が引かないミシャーナは、冷水で顔を洗い心を落ち着けてから朝食へと向かった。
常にフィンが近くにいるため、どうしても先程のやり取りを思い出して顔が赤くなってしまう。逸らすことの出来ない眼差し、近付く吐息、触れあった部分はまだ彼のぬくもりが残っている。
しかし主人を待たせるわけにもいかず、気持ちを振り切るようにそそくさと居間へと向かった。
「お待たせして申し訳ありません」
ドアを開けると、セバスが控えていて二人を居間の奥にある食堂へと案内してくれる。食堂には温室のように大きな窓が設置されていて、そこから朝陽がたっぷりと差し込み、とても明るく開放的だった。
「光の妖精が喜んでる」
耳元でフィンが囁いた。ミシャーナはフィンの耳打ちのせいでまた心臓がうるさくなり、妖精どころの話ではなかった。しかし言われてよく見れば、ところどころで小さな光が点滅しているのが見えた。
――あの不思議な光は妖精だったのね。
フィンとの記憶を思い出してから、不思議な光が良く見えると思っていたミシャーナは、妙に納得して用意された席に着いた。
「とても美味しそうです」
バリトーが収穫したばかりの野菜や果物がテーブルに並ぶ。どれも瑞々しくつややかに光を反射して、新鮮であることが見るからに伝わってきた。
朝食を囲んで和やかに会話をしていると、フィンが「ベジ町を見て回りたい」と言い出した。
表向きには「バリトーさんのように素敵な人が暮らす町は素敵な町に違いない」と言っているが、ミシャーナは理解していた。
――フィンは、町を調査するつもりね。
ミシャーナも一緒に出掛けたいと言うと、バリトーは少し驚いてからにっこりと笑い、町まで馬車を出そうと提案してくれる。
やはりバリトーは良い人だ。
「せっかくのお申し出ですが、ミサと二人でゆっくり来た道を歩いてみたいと思いまして。道中の景色が素敵でしたから」
「そうかい? でも、ミサさんの方は足が悪いだろう?」
そう言いながら、バリトーは気の毒そうに視線をミシャーナに移す。今の足の具合は万全とは言えないが、動けないほど痛みがあるわけではない。実際に道中の景色は素晴らしかったし、あの景色の中を歩いてみたい思いはある。
ミシャーナはフィンに合わせた。
「足は多少痛みますが、先ほど休んで少しは回復しました。それに、もし痛くなっても彼がいるので……」
ちらりとフィンの方を見ると、無いはずの犬のしっぽが見えるくらい頼られた喜びで溢れかえっている。そんなところもかわいくて、ミシャーナは自然と笑顔になっていた。
「あなた、二人っきりにさせてあげてもよろしいのではなくて?」
そんな微笑ましい二人のやり取りを見て、顔をほころばせたテレサが気を利かせた。
バリトーの隙を見て「任せなさい」と親指を立ててサインを送っている。そんなテレサのおかげで話はスムーズにまとまり、食後に二人で町へと出かけることになった。
バリトー邸を出て町に行く道中、急にフィンが立ち止まった。
「ねえ、ミサ。ちょっといい?」
平均より少し低いミシャーナの視線の位置まで背を屈め、額に手を当てる。顔が近付き、ミシャーナの心臓はまたしても早鐘のように鳴りだした。
「ふ、フィン?」
フィンは自分の額をミシャーナの額に当て、自分の考えを共有した。感覚共有により、ミシャーナはフィンが何をしたいのかをすぐに理解することができた。
フィンの想いは、困っていたところを助けてくれたバリトーに恩を返したいということだった。
ミシャーナが町の様子でおかしいと思うところがあれば、小さなことでも必ず話してほしいこと。内容によっては犬の姿に変化して、情報収集をしたいと考えていること。そして、ミシャーナは危険と感じたら俊足で逃げること。
「すごいわ! フィンの考えが一瞬で伝わるなんて、どうして?」
フィンと顔を近づけたことで早くなっていた鼓動は、新たな衝撃によって吹き飛んでしまい、ミシャーナは子どものように興奮した。
「これが成約の力だよ。僕たちは見えない力で結ばれているからね。お互いの気持ちを言葉にしなくても触れるだけで伝えられるようになったんだよ」
「触れる、だけ……?」
ミシャーナの顔がみるみる赤くなり、フィンに憤りをぶつける。
「もう、もう! それなら、触れるのは額じゃなくても良かったじゃない!」
照れるミシャーナを見て、フィンは大声で笑いながら弁明する。
「ごめん、ごめん。ミシャーナが可愛くて、つい。でも、額の方がより意識が鮮明に伝わるからさ」
ふくれてしまったミシャーナをなだめると、フィンは手を取って町への道を進んだ。
バリトー邸から町までは、朝の薄暗い景色とは打って変わり、空と緑がどこまでものどかに続いて見える。ミシャーナはこんな素敵な町に何かがあるとは思えなかった。
「ミサ、無理はしないでね」
「ええ、フィンも」
こうして二人はのどかな景色を背に、町の喧騒の中へと歩き出した。
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