第二章
第18話 隣国へ
「フィン、もう降ろして」
意識が戻ってから、フィンはミシャーナにべったりくっついて離れない。夜が明けるまでは川辺で二人で寄り添い、今までのお互いの話をした。
夜が明け、自分で歩けると言うミシャーナの訴えを退けたフィンは、隣国にかかる橋まで抱いていくと言って聞かなかった。
「ミサは足をあんなに傷めたんだよ? 千切れる寸前だったんだから安静にしなきゃ。大人しく僕に抱かれてて」
フィンは宣言通り、容赦なく甘い言葉を囁いてくる。顔は常に近いし、何かにつけて触れてくるのでミシャーナの心臓は休まる暇がない。
「もう、本当にもうすぐ国境だから……流石にこのまま国境を越えるつもりじゃないわよ、ね?」
ミシャーナが恐る恐るフィンの顔を見ると、その顔には「その通りだよ?」と言わんばかりに満面の笑みが浮かんでいる。
「荷物が多いから、重いでしょう? 降ろして」
「大丈夫。ミサがいつもやってるのと同じように、風の力で荷物を軽くしているから羽根のようだよ」
「ええっ!? 荷物が軽くなるのは風の力を利用していたの?」
「知らずに能力を行使しているなんて、さすが僕のミサだ」
このように話題をはぐらかされること数十回目。流石に目視で人の姿が確認できるようになり、ミシャーナの恥ずかしさが勝った。
隙をついてするりと腕の中から抜け出してフィンの隣に素早く移動すると、抱えられないように腕を組んだ。
「足は痛くない?」
「もちろんよ、フィンが治してくれたもの。全力疾走も出来そうよ」
「そう? でも無理はしないで」
ふわりと笑うフィンを見て、なぜか横抱きされている時よりも恥ずかしくなったミシャーナは、とっさに俯いた。
気遣ってくれることは嬉しいが、今まで婚約者がいたというのに男性から愛を囁かれた経験がないミシャーナは戸惑っていた。
フィンが笑えば心が温かくなり、触れられた部分には彼の体温が残りいつまでも熱を持つ。胸の鼓動がひどく早く打ち、顔に血がのぼっていくのが自分でも感じられ、それが恥ずかしかった。
見た目は治っていても足は多少痛む。フィンに支えられて隣国への関所を通る列の最後に並ぶと、前に居た行商のおじさんが声をかけてきた。
「姉ちゃん、足が悪いのかい? 良ければ並んでいる間、荷台に座りな」
人の好さそうなおじさんは、バリトーと名乗った。隣国から行商に出て、戻る道だと言うので有難く空になっている荷台に乗せてもらった。
「バリトーさんは、何を売られているんですか?」
「ああ、野菜や果物だな。オレはこの国境に一番近いベジ町出身なんだけどな? 最近、領主が変わってから税率も販売許可もおかしなことになっちまって、仕方なく隣国に売りに来たってわけだよ。おかげでほら」
バリトーが視線をやったほうを見ると、荷台の端の方に子どもの玩具がいくつか置かれていた。
「孫に色々買ってやれた。税金が高すぎてもう町じゃ買えない」
「そんな状況とは知りませんでした。私たちは職を探しているのですが、どこか住みやすい領はありますか?」
「そうさなぁ、ここから反対側にあるロポは治安も良くて住みやすいって話を聞くが、リコ国は蛇みてぇだろ? 流石に片道馬車で二か月かかるのはなぁ。それなら、ちと面倒でも隣の国に行った方が近いしな」
ミシャーナが知る限り、自国のネル国より隣国のリコ国の方が海も山もバランスよく配置された土地で、資源も豊富で住みやすい国だったはずだ。
ベジ町も例にもれず豊かな町だったと思うが、いつの間に住む町で物を買いたくないほど税収が高くなったのだろうかと考えを巡らせる。
そんなミシャーナを見て、バリトーはしまったと言う顔をした。
「ごめんな、姉ちゃん。住む場所を探してるってことは新婚さんなんだろう? オレがあんまりいい話しなかったのが悪かった。いや~、しかし美男美女でお似合いじゃないか」
壮大な勘違いをされたミシャーナは一瞬で耳まで赤くなり、その横でフィンは喜びで顔をほころばせていた。
「そうでしょ、僕たちすごくお似合いでしょ? おじさん、とっても良い人だね」
「も、もう! フィンったら」
初々しい二人の様子を見てバリトーは大声で笑い、二人さえよければ自分の家に一晩泊まらないかと誘った。
「そんな、ご迷惑ではないでしょうか」
「オレの家は子どもも巣立ってがらんとしちまってる。にぎやかしに来てくれると妻も喜んでくれるさ。何よりアンタたちを応援したくなってな。訳アリなんだろう? 若いって良いねぇ」
駆け落ちでもしていると思われたようだが、人の良いバリトーのことをフィンがとても気に入った様子だったので、ミシャーナは申し出を受けることにした。
三人は国境で身分証明の確認を受けたあと、大きな門をくぐり抜けた。
しばらく荷馬車を走らせるとすぐにベジ町が見えてきた。
「ほら、ここがオレの家だ」
ミシャーナは荷馬車が停まった家を見て唖然とした。バリトーの家は建物こそ古いが、どう見ても貴族の邸宅そのものだった。
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