第8話 盗難事件勃発!?
ミシャーナは、その日のうちに宿屋の前払いを清算すると、借りた家に必要な生活用品を揃えていた。
宿屋の客室に子犬を置けないことが発端だったが、今となっては家を借りられたことが結果的に町の人と交流をする良いきっかけとなっていた。
しばらくの間、ミシャーナが町に滞在することを聞いて歓迎してくれているようだった。
買い物をすればおまけが付き、家に戻る頃には両手に抱えきれないほどの荷物を手にしていた。
子犬はミシャーナのあとに付いてまわり、自分を守ってくれる
新しい家も気に入った様子で、ベッドの近くに寝床にできそうな木箱を見つけると、嬉しそうに出たり入ったりして感触を確かめていた。
「ふふっ、あとでシーツも綺麗にして、あなたの寝床も整えましょうね」
それから掃除や洗濯に精を出し、昼が過ぎる頃にお腹が空き、子犬を呼ぼうとして気が付いた。
「あ! 子犬の名前を決めていなかったわ。そうね、何という名前がいいかしら」
家の中はまだ埃っぽいため、外にテーブルを出すと子犬に餌を与え、自らも買って来たパンや果物を太陽の下で頬張りながら名前を考える。
――ミルクティー色だから、ミルク……はちょっと短絡的よね。
餌を食べ終えると庭を自由に走り回っている子犬を見て、ふと風のようだと思う。
「シルフ――そうね、シルフがいいわ」
そう思うと、その名前がぴったりに思えてくるから不思議で、いてもたってもいられなくなり子犬に駆け寄ると、「あなたの名前はシルフよ!」と言いながら抱き上げた。
子犬は一瞬、不思議そうに目を丸くしていたが、やがて「キャン」とひと鳴きすると大きく左右にしっぽを振った。
元から管理が行き届いた家は多少の埃を払うと綺麗になり、夕方ごろには人が住むには十分なほど片付いた。ミシャーナは早めに片付いたので、夕ご飯にスープでもと思って裏手にある井戸から水を汲み、かまどに火を入れようとして気が付いた。
「どうしましょう、薪を買い忘れているわ」
外はまだ夕暮れと言うには早く、急いで町に買いに出かける。人目を避けて軽く走ると町の中心部まではすぐに辿り着く。流石に町の中心部には歩いて移動を余儀なくされるが、俊足のおかげで町はずれにある一軒家までの往復の時間を少しでも稼げるのは有難かった。
胸に抱いた子犬を下ろし、薪を売っているお店はどこだろうと歩いていると、広場のあたりが騒がしい。
近付いてみるのだが野次馬の数が多く、背のあまり高くないミシャーナは何が起きているか見ることが出来なかった。
「この先に何があるのですか」
近くにいた人に聞くと、盗難事件が起きたらしい。町の自治に係わる貴族の息子が財布を盗まれ、直前にすれ違った靴磨きの少年がスリを働いたと難癖を付けられているそうだ。
この貴族の息子はリーブと言い、この町では悪質で評判らしい。靴磨きの少年は孤児ではあるが正義感が強い性格でスリなどするわけがないのに、目を付けられてしまった以上は誰も助けることが出来ないと皆が憤っていた。
「こいつ、逆らうのか! 俺様が言えばお前など!!!」
リーブが手を振りかざして少年を殴ろうとした瞬間、一陣の風が吹いた。
町人の話を聞いて居ても経ってもいられず、ミシャーナが少年を庇うために走り寄ったのだ。リーブは驚いた様子で何度か瞬きを繰り返していたが、孤児を庇うミシャーナが気に入らないと再び難癖を付けはじめた。
「お前は誰だ!? 見ない顔だが余所者か? 知らない人間がこんな
今度はミシャーナまでもがスリの一味ということにされてしまった。しかし、ミシャーナも引かない。
「こんな年端も行かない子どもを相手に、よくもそんな……それでも貴族なのですか」
怒りのあまり肩が震えている。しかし、その震えを誤って捉えたリーブは、次第に態度を変えた。怒りに任せて怒鳴り散らしていたはずが、いつの間にかその顔にニヤついたいやらしい笑みを浮かべている。
「震えているのか。俺様がそんなに怖いのに目の前に出てくるなんて……まさかお前、俺様の目に止まって欲しかったのか?」
リーブはミシャーナの姿を上から下までじろじろと眺めると、顔をもっと良く見ようと手を出した。すると、小さな子犬がミシャーナを守るように牙を剝き、今にも飛びかかりそうな勢いで唸った。
慌てて手を引っ込めると、リーブは鼻息荒くこう言った。
「いいだろう。お前とその犬に免じてその子どもは許してやろう。しかし、俺様の財布が消えたことには間違いがない。明日の正午までに見つけ出さないと、お前は俺の為に無くした金銭分働いてもらおうか」
「そ、そんな……」
あまりに無茶苦茶な言い分に呆れていると、調子に乗ったリーブは更に続ける。
「今更嫌とは言わせないぞ。お前が嫌と言えば、その子どもを連れ帰り財布の在処を吐かせるまでだ」
流石にあり得ないが、何の力も持たない今のミシャーナにはどうすることも出来ない。伯爵位があれば、他領とはいえ末端貴族など相手にするほどの存在ではないのにと憤ったが、自ら捨てた地位にしがみ付くわけにもいかず、従うしかなかった。
「わかり……ました。その代わり、今後この子には一切の手出しをしないとお約束してくださいませんか」
できるだけ相手のペースに飲まれないように条件を付けた。どうせできないだろうと思ったのか、案外あっさりとリーブが承諾したので、少年とミシャーナはその場から解放された。
「お姉ちゃん、オイラを助けるためにあんな奴に……」
心配そうにミシャーナを覗き込む少年の頭を撫で、大丈夫と精一杯虚勢を張る。
「あなたが盗ったわけではないなら、堂々としていて。私はミサよ。あなたは?」
「オイラはジョシュだ。よく見たら、アンタ昨日町に来た人じゃん!」
お互い自己紹介を済ませると、ミシャーナは念のために騒ぎが起きる前のことをジョシュから聞き出した。
ジョシュは靴磨きという職業柄、人の行動をよく見ていた。ミシャーナの事も知っていて話が早く、瞬く間に仲良くなった。
本格的に陽が傾き始め、ジョシュに薪を安く買える店を教わり、明朝また会う約束をして急いで帰宅の途に着いた。
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