第2話 再起動と目覚めの声
青い光がともったその瞬間から、艦の内部に、ほんのわずかな変化が生じていた。
ユウトは通信パネルの前に座り込み、かすかなノイズの中から“言葉”を拾い上げようとしていた。ノイズに紛れた断片的な音節。無機質な構文の中に、確かに存在する“感情のようなもの”。
——たすけて。
その声が、人のものか、AIのものか、それすら判断がつかなかった。ただ、聞き捨てることはできなかった。
ユウトはまず、端末に残されたシステムログの洗い出しを始めた。時間の感覚が遠ざかっていく中、彼は目の前の機械と真摯に向き合っていた。
補助電源を分離していた制御コンソールを仮接続し、音声系統の再構築に取りかかる。すでにOSのコアは損傷しており、完全な再起動には外部からの補助信号が必要だった。
ユウトは自身の端末を中継機として接続し、逐次応答ログを読み取る。
『……ローカル認証、確認。プロトコル起動、……同期中……』
音声が一瞬だけ滑らかになる。だがすぐにノイズが走り、沈黙。
「くそ、もう一度……」
数回の再試行を経て、ついに。
『……接続完了。アカツキ……起動』
その言葉が明瞭に響いた時、ユウトははっと息をのんだ。
音声は、確かに“少女のような”響きを帯びていた。無機質なAI音声ではない。言葉の端々に、震えや戸惑い、そして希望のような揺らぎがあった。
「……お前、名前は」
『わたしは……アカツキ。……第六駆逐隊所属、カゲロウ型駆逐艦……』
通信が切れた。
だが、ユウトは確信した。この艦には、まだ魂が残っている。
そしてこの“声”は、過去の記憶に埋もれてなお、誰かを呼び続けていたのだ。
アカツキの名が艦内に響いたあと、しばらくの間、沈黙が戻ってきた。
しかし、それは“終わり”ではなく、“始まり”の静けさだった。
ユウトはその場で深く息をつき、もう一度、補助端末に向き直った。再起動のプロセスはまだ完了しておらず、人格ユニットとの対話も断片的な状態に過ぎない。だが確かに、そこには“誰か”がいた。
彼は記録装置を起動し、現在の通信記録とエラーログを保存する。
──これは一過性の奇跡じゃない。再現性のある“出会い”なんだ。
そう信じて疑わなかった。
エネルギー供給を安定させるため、ユウトは艦内を巡り、老朽化した変換装置を点検していく。手の届かない高所には即席の足場を組み、埃をかぶったケーブル束の中から通電可能なラインを一本一本確認する作業は、神経をすり減らすような繊細さを要求した。
その最中、突然スピーカーから雑音交じりの声が漏れた。
『……ユ……ユウト……?』
驚いて顔を上げた。
「今、名前……呼んだか?」
『……わたし……ユウト……知ってる……わたし、は……アカ……』
ノイズが再び会話を断ち切った。
けれど、その短いやりとりは、確かに“記憶”の存在を証明していた。アカツキはただのシステムではない。彼女には、想起する何かがあった。
艦に常駐していた旧連邦仕様のAIユニットは、本来ここまで“人間的”な反応はしない。ユウトは疑問と期待の混じった思考をめぐらせながら、整備記録を漁った。
やがて発見したのは、起動記録の最奥に保管されていた一つの音声ログだった。
『第六駆逐隊所属コアドール アカツキ——任務終了まで艦長代理権限を保持。……本ユニットは再同期モードに移行します。識別コード:MKZ-08、最終命令——「生き延びろ」』
ユウトは唇を引き結んだ。
“誰か”が、アカツキにそう命じた。戦火の中、あるいは帰還不能となった星域で、彼女はただその一言を胸に、ここまで辿り着いたのだ。
そして今、その声が、自分に届いた。
何ができるかは分からない。だが、せめて、もう一度“話す”くらいのことは。
「アカツキ。お前のこと、もっと教えてくれ」
静かに言葉を投げかけると、スピーカーから微かに機械音が返った。
『……わたし……思い出そうとしてる。ユウト、あなた……どこか、懐かしい』
その瞬間、彼の胸に広がったのは、ただの修理作業では得られない、確かな“つながり”だった。
少年と艦の間に、再び沈黙が流れた。
だがその静けさの奥には、言葉にできないほど濃密な“予感”があった。
スピーカーはその後も微かに唸るような電子音を立てていた。まるで、今もなお何かを探し続けているかのように。
ユウトは工具を手に再び立ち上がると、制御中枢と並ぶ補助パネルを開いた。内部の回路は想像以上に損傷していたが、その一部にはまだ熱が残っていた。どこかで再起動の脈動が生きている──それだけで十分だった。
静かな艦内に、彼の作業の音だけが響く。
ケーブルを抜き差しし、端子を研磨し、破損した回路基板を仮設ユニットで迂回させる。決して効率的とは言えない修理方法だったが、今の彼には他の手段などなかった。
「“再起動プロトコル”、まだ生きてるなら……あと少しだけ、答えてくれ」
囁くように語りかけたその声に、返答はなかった。
しかし一分後、端末に接続していたユウトの端末に、新たなログが自動生成された。
【再同期信号を感知】
【ログ番号:AZ-K6-EX】
【フレーズ再生:開始】
『……わたしは、忘れない。たとえ記録が消えても、思い出が失われても……“声”は、残るから』
それは、明らかに感情を持った誰かの“言葉”だった。
ユウトはその音声に背を伸ばし、目を細めた。
「……聞いてる。お前の“声”、ちゃんと届いてるぞ」
沈黙の中で、スピーカーのランプが再びゆっくりと瞬いた。まるで返事をするように、静かに。
ここに宿る何かが、本当に“生きている”のだと、彼は今、はっきりと感じていた。
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