第1章――継承
第1話 たい焼きと少女とおばちゃんと
――憧れ初めて六年後。
空が赤へと移り変わる、夕方。少し冷たい風が吹き、雑草たちを優雅に踊らせる。
数え切れないほど続く電線の紐が、ゆらゆらと揺れた。
そこは、田舎。
ドがつくほどの田舎だ。田んぼと雑草と、電線がひたすら続く、ただの田んぼ道。
そんな地味な田んぼ道に、小さなお店がポツンとたたずんでいた。
そこは、なんとなく味のある古い居酒屋さんで、入り口の近くには木でできた看板が置いてあった。
看板には「たい焼き」「世界一美人な店長」と大きく描かれていた。なんで、居酒屋なのにたい焼き?焼き鳥とかならまだ分かるが……。
なかなかツッコミどころが多い居酒屋さんだ……。
そんな居酒屋さんの外には小さい食べるようのベンチが置かれていた。もちろん、たい焼き用。
そのベンチには少女が座っていた。
少女は金髪の長い髪をなびかせ、たい焼きにかじりつく。
彼女の顔つきはとても可愛かったのだが、何だかどんよりとしていて、虚ろな紫色の瞳で遠くの田んぼ達をぼーっと眺めていた。
それに加え、顔や体は傷だらけで、絆創膏がいくつも貼られている。一体彼女は何をしたのだろうか……
そう言えば彼女。六年前に神社で起きた、害神事件に巻き込まれた三人の一人だ。
彼女達は神の手によって、命の危機を回避できた…らしいが、その後はどうだったのだろう……。
もしかして、その時の傷?…では無いだろうな。明らかに新しく、生々しい傷だ。
もしかして、ドジっ子なのだろうか、それともいじめ?。何であろうとこの傷達は何かと痛そうだ。早く回復することを願おう。
そんな傷だらけの彼女は居酒屋のおばちゃんに声をかけられる。
「おいおい、どうしたかみなりちゃん
そんな顔してたら可愛い顔が台無しじゃないか。何かあったのかい…?
あっ……。またいじめられたのか?
いつもに増して絆創膏の数が多いと思ったんだよ。全く…あいつら懲りないんだね……」
大きな腹を前に出し、腰に手を当てた。大きい図体が何だか頼りがいがあるように感じる彼女は、「はぁ」とため息をつく。
「かみなりちゃん。やっぱりいじめはよくないと思うんだな…
今度こそ、そいつらを私が直々にお説教してあげてもいいってのに…。なんで、かみなりちゃんはいつもそれを拒むんだい?
このままじゃぁいじめられ続け…」
「いいんですよ…」
かみなりと呼ばれた金髪の少女はたい焼きを握りしめ、うつむく。そして、長々と語りだす。
「どうせ、もうすぐあの中学校を卒業しますし、私はレベルの低い、普通の高校に通うんです。
それに、もともとは神になんて憧れた私が悪いんで。神の子でも弱い私は夢を見てはいけない。調子乗るな。
あいつらに何回も言われました。少し前までは
『そんな事無い』って自分に言い聞かせてたんです。でも……いつしか、あいつらの言ってることが正しいんじゃ無いかって、思えてきて……
今じゃ、もう吹っ切れてます。神野高校に落ちたのは仕方がないって、ただの夢物語だったなーって、そう思っています」
かみなりは無理やりぎこちない笑顔つくる。
そうだ、今更だが思い出した。彼女はあの事件に巻き込まれた時、「神」に憧れてしまった、あの弱い神の子だ。
彼女の弱さは世界を誇るのではと言うほど弱く。神の子…いやっ、人間の力にすらかみなりは届かない。
そんな、かみなりは当然……
「神野高校におっこっちゃったんだね。今まで聞く勇気でなくて、その事については触れない様に話してきたんだけど……」
神野高校に落ちた。
おばちゃんも薄々分かっては居たのだろう。大体の予想もついていたはずだ。
もし、そうならば受験の結果を軽々しく聞くなんて、到底できない。
おばちゃんは一見、かみなりに対して気を使っているようには見えないのだが、中ではひっそりと気を使っていたようだ。
「で、でもかみなりちゃん!お前さんにはまだ未来があるじゃないか。
今から鍛えて、勉強すれば間に合うかもしれない。かみなりちゃんは手足も動くし、体も丈夫。病気にかかってるわけじゃないんだから、また、来年受験して…」
「もう、いいんですよ」
慰めようとしてくれたおばちゃんをかみなりは言葉で突き飛ばす。おばちゃんは少し落ち込んだようにうつむく。
「ごめんなさい。こんなに心配してくれて、慰めようとしてくれてるのに。
私、本当に、だめですね。おばちゃんにまでこんな態度とっちゃって…
神の子なのに弱い私が、神野高校に受験して落っこちて。当たり前のことなのに落ち込んでる。
バカみたいですね。私は、本当に生きる価値のない人間…いえっ、神の子ですね。出来損ないの。あはっ…は…
そして、学校ではいじめられて。こうやって、おばちゃんに甘えてる。
本当に私はだめですね…」
「そんなに自分を責めるなって…ほらっ、たい焼きが冷めちまうよ」
おばちゃんはたい焼きを指差し、かみなりに食べさせようとする。
かみなりはたい焼きをゆっくりと持ち上げ、モサモサとたい焼きを貪り食う。
「おいしい…」
落ち込みながらもかみなりはそう呟く。おばちゃんはニコニコで頷きながら「そうだろそうだろ」と自慢げに言う。
「なんか…おいしいもの食べたら、自分が悩んでたことがちっぽけに思えてきました
なんだか、自分の体から元気があふれてきそうです…」
「だろっ…おいしいもの食うとな、元気になっちまうんだよ
ほれっ、もっと食いな。今だけでも、嫌なことを忘れなさんな。悩むことはいつでもできんだから…」
「お、おばちゃん…」
かみなりは尊敬の目でおばちゃんを見つめる。いやっ、もはやこの人はおばちゃんでは無い。そう、「おかん」だ。
「何だか…おばちゃんって、おかんみたいですよね」
「お、おかん?ハッハッハッ!
そうだよ。うちはおかんだよ。きかんぼの息子三人を勇ましく育て上げた母親さ。
そもそも、おばちゃんって…今まで気にしてなかったけど……結構失礼な呼び名だな。
まぁ、そんな気にしてねぇけどよ」
「あっ、そうだったんですね…すいません。じゃぁこれからはお姉さんって呼びますね」
「ちょっ…それは辞めとくれよ。何だか無理やり言わせてるみたいで嫌じゃ無いか。それにこの年でお姉さんは…さすがに無理が…」
「ですよね」かみなりはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、おばちゃんはほっぺを膨らませる。
「あっさり認めるなよ!ちょっとくらいは『そんなことないですよ』って言ってくれたっていいじゃねえかよ
まぁ、お姉さんとか、お姉さんとか、お姉さんとか、何でもいいからうちのことは好きに呼びなよ」
呆れたおばちゃんを目の前にかみなりはニコッと笑う。
「じゃぁ、おばちゃんで」
「そこはお姉さんだろ」
そんな微笑ましい会話をする中。誰が近づいてくる足音が聞こえた。
雑草を踏むカサカサという音とともに一人の学生の影がこちらへ近づく。
彼女は真っ黒い短い髪とダイヤモンドの様にきらめく瞳を持っていて赤いカーディガンを着ていた。 年齢はかみなりぐらいだろうか。かなりの美人さんで太陽の様な子だ。
しかし、髪の色と目の色が何だか異様に似合っていない。
彼女は綺麗な、純粋な目をかみなりに向けしばらく黙った。
かみなりも、おばちゃんも、この子が何を言い出すのか、びくびくしながら、彼女の言葉を待つ。
きっと何か怒られるのだろう。何も悪い事をしていないのにかみなりはそう思った。
しかし、彼女はいきなり目を輝かせ可愛らしい声でこう言った。
「すいません。神野高校はどこですか!?」
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