20.思ってたのと違うな
フィフリーネが、かの【魔眼】を開眼させてから約10数分後。別室。
「フィフリーネ・スーズリ子爵令嬢。何か、申し開きはあるか?」
氷柱の様な言葉に、フィフリーネはゆっくりと顔を上げた。左側の視界に入ったのは、これまた氷の様な目を持つ美形の男だった。濃い紫の長髪を頭の後ろで束ねていて、服装はフィフリーネの物とも庶民の物とも違った。騎士の服装の様だ。何かは判断つかない。訊ねようにも、切れ長の目が鋭くフィフリーネを見下ろしていてそんな場合ではない。彼を見ていると、胸の高鳴りが激しくなっていく。言っておくが、断じて恋ではない。
「……えぇっとぉ……」
何かを言わなければいけない雰囲気ではあるが、いかんせん言葉などでてきようも無い。言葉にならない瞬間はこの世界に確かに存在する。美しいものを見た時、得も言われぬ幸福に包まれた時、堪え難い災禍に見舞われた時──そして、眼前に剣の切先が突きつけられている時。
「さっきまでの威勢はどうした」
「えぇ……と、ですね……」
フィフリーネは床に座らされ、拘束されたまま尋問を受けていた。周囲は鎧をつけ、これまた大振りの剣を持つ騎士に囲まれている。そして目の前の男は、剣をこちらに向けたままだ。
……あれぇ? おかしいな……
後ろ手に縛られた両手では、前髪をたくし上げることもできない。かと言ってヘドバンの要領で上半身をくねらせて髪をかきあげようものなら今度こそ問答無用の剣が首に突き刺さるかもしれない。既に傷ついている首にさらなる深さが加わりそうである。しかも、この剣は例え開眼された眼でも振り上げられることに制御など効かない。物理攻撃だ。
よって、フィフリーネの取った行動は沈黙であった。想定外だ。まさか発現させた【魔眼】の効力で全てを賄えないなんてことがありえるのか。異世界のくせに。開眼させたら後はなんやかんやで上手くまとまり最終的に大団円になるお約束の理を知らないのか。
まさか、精錬された聖堂の如き大ホールで、誰しもが固唾を飲んで見守ったあの大騒動の終幕が、接近した近衛兵にあっさり取り押さえられて、王子の指揮の下ずるずると引き摺られてあれよあれよと言う間に退場させられたのちに、別室で後ろ手を縛られながら両膝をついて剣を突き立てられながら尋問を受ける幕引きを迎えるなど、フィフリーネを含めた誰もが予想していなかった事だろう。なんか、思ってたのと違うな。
床にはこれまた高価そうな赤い絨毯が敷かれていて、膝をついてもそこまで痛くない所が逆にフィフリーネの気持ちを現実に引き戻さなかった。いっそのこと痛いくらいであれば夢では無いと断じることができそうなのに。フィフリーネは若干夢見心地の気分のままで、ふかふかの地面を恨みがましく見つめ続けている。
「……ところで、お前のその眼の話だが」
フィフリーネが黙ったままで居ると、男が口を開いた。フィフリーネの燻るような怒りを孕んだ沈黙をどう捉えているかは定かではないが、冷水のような声が頭に浴びせられ、血の気が引くように怒りの熱がさぁっと冷めていく感覚に身体が震える。
「どういう【眼】なんだ。詳細に答えろ」
フィフリーネは質問に沈黙する他になかった。フィフリーネ自身も、その質問の答えは待ち合わせていなかったからだ。おかしなことを言ってもいいのであれば、「わたくしにもわからないんですよね、アハハ」である。
「フィフリーネ・スーズリ。これは先日行われた選定の儀の結果報告書だが、お前には魔力が無いそうだな。正確には微細には存在しているが……殆どと言っていいほど使い物にはならんだろう。これについて、何か過言はあるか?」
男がいつのまにか手にしていた紙を左手で揺らす。当然の様に、右手の剣はフィフリーネに向けられたままだ。
「いいえ」
「……馬鹿にしているのか? ならば、何故王国きっての兵士達にあのような啖呵を切れる? ましてや王子の眼前だぞ。成り上がりの子爵令嬢の分際で、情けがあるとでも思ったのか?」
男は何かフィフリーネに策があると疑っているようだ。実は全くのノープランで、待ってました! と言わんばかりに言ってみたい台詞に則っただけとは言えない空気だ。適当な言い訳を探してみるも見つからない。そもそも現状について理由なくとも説明が欲しいのはフィフリーネのほうだった。どうして開眼だけで全てが罷り通らない? 私の知ってる異世界転生とちょっと違うぞ。フィフリーネの魂は吠える。話が違うじゃないか、と。
しばらくの沈黙が続いた後、男は痺れを切らした様子で剣を下ろし、ため息を吐いてから再び口を開いた。
「虚偽の申告。その一点だけでも重罪だと言うのに、お前は自らの罪を重ねる気なのか? この地に於いて、沈黙は大罪と心得るのを忘れていないだろうな?」
知らない知らない知らないそんなの。
ねぇ、誰か説明して。思ってたの違う。違うんだ。何が起きているんだ、一体。
「た、助けてーーッ!」
堪らず、フィフリーネは叫んだ。
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