フィフリーネ、開眼せよ!

家絵帰路

1.フィフリーネは開眼する

 バウディアス王国の中央部王都。シークルイン学園の絢爛豪華な舞踏会の会場もとい円型の大ホール。中央に向かって伸びる、オペラで歌姫が降りてくるような大階段。天井には豪華なシャンデリア。


 どこかで見たことある見たことない景色が広がるその空間は本日、学園の集会の場として機能していた。そしてその階段下。入学式のため集まっていた全校生徒は身体が動くものであることを忘れたように硬直し、ある人物から目を離せないでいる。


 その隙間を掻い潜って、近衛兵、衛兵、騎士団、魔法騎士団という錚々たる面々が、その人物の元へと駆け寄った。


 護るためではなく、場合によっては屠るために。


 一同の注目を集めるその人物──フィフリーネ・スーズリは、大階段を背にそれら全ての人々を見渡せる位置にいた。階段を数段登り、周囲を見下ろしている。


 くすんだ灰色の髪は腰まで伸び、緩いウェーブがかかっていて、その先端はインクを水滴に落としたように薄い紫色が滲んでいる。斜めに切り揃えられた長い前髪が右の眼を隠していた。左の煙がかった水色の眼は、色味から少し弱気な印象を受けるが、爛々と輝く瞳の奥には確かな強さを感じさせる。それは例えば、軍勢が束になってかかっても逸らすことのない豪胆さであった。


 いまやこのホール中の全ての視線を一身に受ける彼女は、自身に向かってくる兵士達を見て怯むことはなかった。


 やがて、魔法騎士団の1人が彼女を取り押さえようと捕縛のための魔法詠唱を始める。しかし、やはり彼女はその場から微動だに動かず、不敵な笑みを浮かべ続けている。


 彼女の右手はゆっくりと上がり、次第に顔に近づいた。人差し指は長い前髪をたくし上げ、中指が頬に触れる。


 2本の指の隙間から顕になったのは──隠されていた右の眼球。

 その【眼】を見て、詠唱を終えた魔法騎士団員が驚愕の声をあげた。


「えっ!!!?」


 それは美しく。ある一種の禍々しさを核に輝く妖しい宝石に魅入られるようにして、人は誰も彼女を前に行動を止める。生徒や教職員のみならず、王国きっての大軍ですらその有様だった。


 彼女は痛々しさよりも神々しさを放つ煌々とした瞳を開眼させて、こう言った。


「【魔眼】のフィフリーネよ、平伏なさい!」


 ニヤリを弧を描くその笑みに見惚れるように、時が止まる。そんな静寂が大ホールに広がった。


 やがて、王国の魔法騎士団が自らの使命を思い出し、震えた声で何とか叫ぶ。


「魔法が! 魔法が使えません!」


 その言葉に、今度は動揺がホール内に拡散された。


「敵に回す相手を選ぶべきだったわね」


 狼狽える者、驚愕する者、感嘆する者、動かない者、笑みを浮かべる者、それら全てを両眼で見渡し彼女は満足そうにまたこれ以上ない恍惚の笑みを浮かべた。


 

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