其の二 サムの高すぎる理想
2015年――
サンフランシスコの夜は、いつになく静かだった。
テーブルの上には、ピザとコーヒー。
壁には、ホワイトボード。
そこに書かれていたのは、たった一言。
「人工知能で、世界を救う」
その夜、数人の男たちが集まっていた。
イーロン・マスク、グレッグ・ブロックマン、ジョン・シュルマン、そしてサム・アルトマン。
誰もが、自分の分野では伝説的な存在。
だが、この時ばかりは、全員が“子どものような目”をしていた。
「人間が作り出す最後の技術になるかもしれない」
「だからこそ、それを“誰かのもの”にしてはならない」
「オープンで、安全で、すべての人類のために」
それは、あまりに理想的だった。
資本主義の原理からすれば、バカげた計画だった。
何より、“利益を出さないAI企業”なんて、前代未聞だった。
けれど、サムは揺るがなかった。
「僕たちがやらなければ、誰がやる?」
その言葉に、誰も反論できなかった。
サムは、利益ではなく倫理を基盤に据えた。
非営利組織としてOpenAIは発足し、最初の出資金は10億ドル――
イーロン・マスクやリード・ホフマンら、世界の頭脳がその理想に金を投じた。
だが――その理想は、美しくも脆かった。
技術は加速度的に進化する。
一方で、資金とインフラは非営利の壁に縛られる。
いずれ、OpenAIの理想と現実が衝突することは明らかだった。
それでもサムは進んだ。
「私たちは、AIを作るのではない。
AIが人類と共に生きる“道”を作るのだ」
その言葉に、多くの人が動かされた。
世界中から優秀な研究者が集まり、1行のコードが、1つの論文が、やがて未来の礎となっていく。
ある研究者は、こんなことを言った。
「他の研究機関では、次の製品が何かを問われる。
でもここでは、“次の100年”を問われるんだ」
そして2018年。
OpenAIは、ある“岐路”に立たされる。
AIはついに、言語を“理解する”段階へと突入した。
GPT――Generative Pre-trained Transformer。
その原型が生まれた時、
サムは“理想を続けるために、形を変える”という決断をする。
非営利と営利を融合させた、前代未聞の“キャップト・プロフィット”モデル。
――利益には上限があるが、外部投資を可能にする仕組みだ。
仲間からは反対もあった。
「それは理想の崩壊だ」
「資本に呑まれるぞ」
それでも、彼は信じていた。
「理想は、守るものじゃない。育てるものだ」と。
そして、OpenAIは変貌した。
世界最大規模のAI研究所となり、やがて、ChatGPTへとつながっていく。
だが、それはまだ――始まりに過ぎなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます