火星幼年期の初めごろ

メンボウ

第1話

 火星の朝は一面の鏡に積もった赤砂を落とすことから始まる。

 火星テラフォーミング幼年期。火星に磁場を取り戻すお仕事がこんなアナログな肉体労働だとは、浪漫ろまんにつられて応募する前の自分に教えたい。

『――というわけで、本日のちょう礼は以上です。何かしつ問はありますか』

 作業用宇宙服の中、バイザー下に設置された緑色のディスプレイにそうメッセージが流れる。

 今日は割れた鏡もなく、すぐに作業に取り掛かれるそうだ。

「なあ、ミドさん。この砂落としってやっぱ労働時間じゃないのか」

 すぐにバイザー下でミドさんが発言するぞの合図で緑のディスプレイを一度明滅させる。

『良いしつ問ですね。労どうじ間ではありませんが、査定には考りょいたしますよ』

 ミドさんと言うのは、俺が勝手にこのディスプレイに付けた愛称みたいなものだ。本人も受け入れているので問題ないだろう。

 作業評価や査定までやってくれるので上司みたいなものかもしれないが、この孤独で過酷な火星の生活だ。ある種仲間のような感覚をもっている。

 難点はディスプレイの解像度が低いので出力できる漢字が少ない。慣れれば気にならないが英語圏の人間がうらやましくなる。

『冬の改しゅうでは、なんと自どう化される予定です。よかったですね♪』

 鏡は火星生活の生命線だ。鏡で集められた太陽光が炉を加熱し、部屋を温め、磁石を焼結しょうけつさせ、酸素を還元かんげんし、電気を作り出している。

 この鏡が反射できないと、本当に火星では生きてすらいけないのだ。

 それなのに砂の飛来に対策がされていない。自分の命を守るためにも毎朝の鏡掃除は欠かせない。

「改修ってやっぱ設計ミスだよな」

『いえ、人の方が安くつくからです。ワイパー式だろうが、圧しゅく気体式だろうが高いんですよ。コストは大事なんです。ちなみに私がこんなしょぼいディスプレイなのもコストカットです><』

「しょぼい自覚あったんだ」

 確かにこれだけ粗いモノクログーリーンディスプレイなんて、ここでしか見たことないな。

『2時間くらい語れますが付き合ってくれますか』

 あらかた砂をグレーチングに落とし終わってコンベアが詰まっていないのを確認して、あまり気乗りしない事が伝われば良いなとしばらく考えて、「台車のとこまでな」と、答えた。

 ミドさんは嬉しそうにハイスピードスクロールで感謝を示して語りだした。ミドさんは多分本物の人間ではないが妙に人間臭い。

 どうやら、せめてモノクロじゃなくてカラーディスプレイにして欲しかったらしい。表現力が段違いだそうだ。コスト的には全く変わらないのに、と嘆いていた。

 たまに『ねえ、せい年もそう思うでしょ』と、同意を求めてくるので、まるで無視する訳にもいかない。

 俺のことを青年と呼ぶのも、ちゃんと自分には、眼があるんだぞ、見えるんだぞ、というアピールだそうだ。

 そういうことは、青の文字を出力できるようになってからアピールしてほしい。


 なんとなく相槌を打っていたら3ポイント貰った。

 何のポイントなのか謎だが、上機嫌な時にくれるポイントだから良いことなんだろう。

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