『山嚼(やまく)』

ぼくしっち

第1話 旅のはじまり

エンジンの音が、山間にこだまする。

 蝉の声を切り裂くように、白い軽ワゴンが舗装の剥げた山道を駆け上がっていく。


「マジで? ここ通るの?」

 運転席の雄太が、不安げにハンドルを握りながら眉をしかめた。


「おうよ。地元のじいちゃんが言ってたんだよ。こっち行くと、昔の鉱山跡に出るってさ」

 助手席の健吾がニヤつく。彼の手には、手書きの地図が握られていた。


 後部座席には三人。涼、茜、祐介。

 ガタガタと揺れる車内で、茜がやや不機嫌そうに言った。


「てか、予定と違くない? 温泉行くって言ってたのに…」

「まぁまぁ。たまには冒険しようぜ。旅行っつーより探検ってやつよ」

 涼が軽く肩をすくめる。彼はこのグループのまとめ役だったが、どこか無責任なところがある。


 祐介は終始無言だった。彼はこのグループの中では影が薄く、何か言いたそうに口を開いては、すぐに閉じる。


「で、何があるんだって? その鉱山跡に」

 茜がしぶしぶ聞く。


「幽霊。いや、祟りだっけ? 昭和の終わり頃に閉鎖されて、働いてた人たちが…なんか事故で全滅したとかさ。地元のやつらは誰も近づかねーんだって」

 健吾が茶化すように言う。


「やっべー。マジでホラーだわ」

 涼が笑うと、雄太も「ほんと、バカなことしてんな俺ら」と苦笑した。


 しかし、車は止まらなかった。

 むしろ、仲間たちの空気は次第に高揚していく。

 昭和の若者らしい、“根拠のない無敵感”が彼らの胸を支配していた。


 やがて視界が開け、車は朽ちかけた木の鳥居の前で止まった。

 脇に「入山禁止」の錆びた看板が立っている。


「着いたぞー。これが入口か?」

 健吾が車を降り、鳥居の前に立つ。


 茜は腕を組んでため息をついたが、他の四人は面白がるように奥へと進みはじめる。

 祐介も、黙って後に続いた。


 背後で、風に揺れた鳥居が、**ぎぃ…**と音を立てた。

 まるで、「ここからは戻れません」と告げるように――

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