第18話「俺の偏差値は、誰のためにある?」

観測塔の天井が、崩れた。


「な……に、これ……?」


風間輝が立つ塔の最上階。記録を綴るための光の端末が、突然ノイズを走らせ、赤黒く明滅し始めた。


《記録不能:EX-ノードに接続。再評価プロトコル起動中。》


休戦の時と同じ表示。あの時と違うのは――今、風間自身が“中枢”にいることだった。


「まさか……!」


塔の中心に亀裂が走る。そこから現れたのは――黒い学生帽の少年。


「久しぶりだね、“偏差値37”」


「……お前、“学歴観測者”……!」


「いや。正式名称で言えば、《EX-Node(外部観測者)》。“学歴”という概念が記録に疲れた時、自律的に生まれた存在だよ」


「君を観てたのは、“学歴が意味を失う可能性”を観測するためだった」


風間は、拳を握る。


「つまり……この《学歴バトルロイヤル》、全部お前らの“実験”だったってことかよ」


「そう。“学歴”や“偏差値”という制度が“まだ人間の役に立つか”を見極める――この空間は、そのための観察装置なんだ」


塔の周囲に、“風間が戦った記録”が浮かぶ。


南野の努力。女塚の論理。猿渡の数学。神宮寺の就活。

それらはすべて、“制度から零れ落ちた者たちの声”だった。


「彼らは全員、偏差値では測れない価値を持っていた」


「だが、記録システムは“それを記録できなかった”」


「だから僕は……君を使って、“その価値”をデータとして引き出す必要があった」


風間の足元が、静かに崩れていく。


塔全体が、データの波で解体されていく。


「この塔は崩れる。“学歴”という概念が、再定義される準備に入った」


「さぁ、最後の問いだ、風間輝」


観測者=EXノードが、真正面から風間に問いかける。


「君は、“偏差値”を壊すのか? それとも、“再び使う”のか?」



周囲の記録が光のように渦巻く。


その中に、黒瀬鷹也の記録もあった。


中学時代。塾帰りに笑い合った帰り道。

「お前には勝てねぇ」って言われた日のノートの落書き。


風間は目を閉じ、答えた。


「偏差値ってのは、便利だ。目安になるし、進路にも使える。俺だって、昔はそれで一喜一憂してた」


「でもな、それが“すべて”になった時、人は“自分の声”を忘れる」


「誰かより上か下かしか考えられなくなる。それが、“バカにされる自分”を生む」


観測者は微笑む。


「なら――どうする?」


「選ばないよ。俺は」


風間は静かに拳を握る。


「《ナチュラルフラット》――発動しない」


「お前が期待してた“偏差値の破壊者”にはならない。俺は、“記録者”として、選択肢を残す側でいたいんだ」


観測者の目が揺れた。


「選択……?」


「ああ。“偏差値”って物差しが役に立つ奴もいる。でも、それが苦しい奴もいる」


「だったら、それに“頼るか頼らないか”を、自分で決められる社会を作るべきだ」


「俺は、それを記録する。誰もが“決められるようになるまでの物語”を、残すんだ」



観測装置が静かに停止する。


EX-ノードの身体が、崩れていくように光に変わる。


「……君に興味を持ってよかった」


「君は、“バカにされていた記録”を、“記録される価値”に変えた」


「最後に君の言葉で、定義してくれ。“バカ”とは――何だ?」


風間は少し考えてから、口を開く。


「“バカ”ってのはな、――説明が下手な天才だよ」


観測者は笑った。


「――いい定義だ」


光となったその存在は、消えていった。



崩れた塔の中で、風間は静かに立ち尽くしていた。


ガクレキンが、最後の登場を果たす。


「記録、全部見たよ。君の言葉、届いてたよ」


「……お前、結局なんだったんだよ」


「僕はただの“観測用マスコット”さ。でも、君の記録が未来に届くなら、それで十分」


ガクレキンもまた、光の粒になって消えていった。



後日――


風間輝は、大学の食堂でラーメンをすすっていた。


横には塚原。


「風間さん。僕、就職の自己PRで“偏差値37からの逆襲”ってテーマで書いたら、企業に興味持たれました」


「お前それ、逆に偏差値下がるぞ」


「でも、伝えたいって思ったんです。“バカにもドラマはある”って」


風間は笑った。


「そうだな。“バカは記録されない”なんて、もう言わせねぇ」


彼の胸元には、今も光る“記録者マーク”があった。



【観測記録・最終ログ】


記録者:風間輝

役職:記録者、偏差値外評価継承者

スキル:《ナチュラルフラット(封印中)》

備考:バカを誇りにして生きている。

記録状態:継続中

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