第17話「バカは記録される」

――風間輝は、“記録する者”になった。


かつて偏差値の底辺にいた“記録対象”は、今やこの《学歴領域》全体の記録者権限を持つ存在となった。


ただし、それは「勝者」という意味ではない。


むしろ彼に課せられたのは、全記録の管理・継承・そして“外の世界”への“情報伝達”――つまり、《学歴バトルロイヤル》という“選抜試験”の実験データを“誰かに伝える責任”だった。



「ここが……“記録塔”?」


風間が辿り着いたのは、巨大な階段が天に向かって伸びるような、荘厳な塔の中。


そこには、歴代の記録者たちが残した“偏差値社会”のログが山積していた。


「“偏差値60以上の者の発言は信頼性が高い”」

「“偏差値の低い者が不快感を示した場合、それは理解力の不足である可能性がある”」

「“バカは黙ってろ”――そう書かれた投稿ログが、数千件単位で記録されていた」


風間は呟く。


「……バカってのは、黙らせるための言葉だったのかよ」


そのとき、塔の上部に設置されたスピーカーから、AI観測者の声が響く。


「風間輝、記録者昇格を確認。最終任務:この“記録”を、世界に届けよ」


「記録の届け先を選びなさい。君が残す“物語”は、誰に向けて語られるべきか?」


スクリーンにいくつかの選択肢が浮かぶ。


【A:教育省】

【B:企業人事連盟】

【C:Fラン大学の新入生】

【D:お前をバカにしてきた全員】


風間は画面を見て、少しだけ笑う。


「これさ……“自分の物語を、どこに落とすか”って選択なんだよな」


「なら――」


彼が選んだのは、どの選択肢でもなかった。


“画面外”の、スクリーンの縁にある、かすかな「+」ボタン。


タップすると現れたのは、新たな入力欄。


【E:未来のバカへ】


風間は言う。


「お前が今、バカにされてるんなら。お前が今、自信がねぇんなら」


「それは、“お前に物語がまだある”って証拠だ」


「バカってのはな、“記録されてない”ってだけなんだよ」


「だったら俺が、お前を記録する。ちゃんと、残す。たとえ偏差値が37でも、いや37だからこそ、残す価値がある!」


彼は筆を取る。かつてノートにバカな落書きをしていた右手で、今は“記録”という言葉を選び始める。



【風間輝・記録ログ:最終章 開始】


・偏差値とは“今の測定値”でしかない。未来の価値は測れない。

・バカな言葉にも、誰かを動かす力はある。

・“笑われた”過去は、“笑わせる”未来に変えられる。

・だから、恥ずかしいままで進め。中途半端なままでいい。

・いつか“バカだった自分”を、誰かが誇りにしてくれる日が来る。



その瞬間、塔全体に“拍手のような記録の波”が広がった。


天井が開き、空にノートが舞う。


記録の一枚一枚が、人々の心に届くように、光の粒となって降り注ぐ。


風間は空を見上げ、笑う。


「……俺、ちゃんと“記録されるバカ”になれたかな」


そのとき、ふいに誰かが後ろから声をかけた。


「お前……マジで、記録者になっちまったのかよ」


振り返ると、そこには――塚原の姿。


「あれから……ずっと見てたんです。風間さんのバトル、言葉、全部記録してました」


「俺、次から……“観測補佐”に立候補します!」


「お前、いつの間にそんなに前向きになったんだよ!」


「バカに感化されたんですよ!」


2人は、声を出して笑った。



【観測ログNo.17】


風間輝、“バカの記録者”として記録継続中。

伝播対象:非選抜層、教育困難層、自己肯定不足者全般。

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