第3話 貴重な体験

「え…。な、なんて? 」


 正章は疑問を返す。胸の内に動揺が走る。女子の突然の接触に頭が追い付かない。働かない。臨機応変に対応できない。


「聞こえなかったの? 」


 不思議そうに首を傾げる女子。表情は変わらない。クールさが際立つ。美しさは目立つ。


「そうなんだぜ高嶺。こいつ大浦は彼女と別れたんだぜ! 」


 木下が回答する。バカにする。見下す。


「あなたには聞いてない。黙ってて」


 高嶺は冷たい口調で返答する。視線は正章を捉える。木下など眼中にない。彼女の視界の外。


「っ。わ、悪かった」


 木下は口を噤む。黙り込む。顔色を窺う。


「あなたはどうなの? あなたの口から聞きたい」


 高嶺は再び正章に尋ねる。正章だけに視線を向ける。目だけを見つめる。

 

「う、うん。彼女とは別れたけど」


 正章は目を逸らす。恥ずかしさに負けてしまう。羞恥を抱く。自身の発言に少なからず後悔する。恥ずかしくなる。


「そ。なら周りは嘘をついてないわけね」


 高嶺はイスから立ち上がる。自身の席に戻り始める。まるで興味を失ったように。


「あの木下君が少しでも私に近づくためについた嘘だとばかり思っていたわ」


 ボソッとクールな口調で呟く高嶺。周囲の視線など気にしない。ペースを崩さない。自身の席に座る。


「お、おい!なんだよ。その言い方は。もう少しマシな言い方ないのかよ」


 言葉とは裏腹に。木下は高嶺の席まで足を運ぶ。興味を惹こうと話題を振る。


 しかし、高嶺は読書を再開する。文字を追う。ページを追う。


 木下など眼中にない。話も聞く耳を持たない。


 木下は必死に話題を振る。ほとんどが自分の話を語る。


 高嶺は華麗にスルーする。慣れた手つきで本のページをめくる。優雅にめくる。自分の世界に入り切る。


 その光景が正章にはシュールに見えた。バカバカしく見えた。アホらしくも見えた。


 今日は珍しい体験をした。


 人生で初めて別れた事実を自分の口から伝えた。


 多くの人から失恋について揶揄された。


 そして、クラス1の孤高の清楚な美少女に話し掛けられた。


 無口でクール。決して自分から他人に話し掛けない。絶世の清楚な美少女の高嶺流華から。

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