File 13 接続詞の迷路

「ディベートなんて、話し方より“中身”でしょ?」


そう言ったのは、新聞部の後輩で文武両道の秀才、吉永だった。

彼はこの日、学園主催のディベート大会に出場する“言語芸術部”の代表として、開会前の控室に座っていた。


逢人と琴音は、取材のために大会を見に来ていた。

けれど開会直前、吉永は深くため息をついた。


「本番用の原稿、印刷機がバグって一部抜けたらしい。“接続詞が2つ消えてる”って……まぁ平気ですけどね」


「え、それって……“しかし”とか“だから”とかのやつ?」


「まあ、そういうの。でも文はちゃんと読めるし、意味も通ると思うんですよ」


逢人と琴音は顔を見合わせた。

嫌な予感がした。


ディベート大会の第一試合、テーマは「校内スマートフォン使用を自由化すべきか」。

吉永のチームは反対派。プレゼンは論理的で整っており、事例やデータも豊富だった。

しかし──


「反論としては筋が通っていたが、主張の一貫性に欠けた印象を受けた」


審査員の講評に、会場はざわめいた。


結果、吉永のチームは惜敗。予想外の展開だった。


試合後、逢人たちは原稿を借りて読み込んだ。


スマートフォンの利便性は否定できない。

利用制限をかけることは、生徒の自主性を育てるうえで不利益となる。

学校側は自由を許容すべきである。


「……あれ? なんかこれ、賛成の立場みたいに読めない?」


「ほんとだ。反対の主張なのに、“だから自由にすべき”って印象を与えちゃってる……」


琴音が首をひねる。


《コトノハ》を起動し、文章構造を解析する。


指摘:接続詞“しかし”および“したがって”が欠落。

予測修復案:

・スマートフォンの利便性は否定できない。

→ しかし、 利用制限をかけることには十分な理由がある。

・生徒の自主性が損なわれるとの意見もある。

→ したがって、 使用に一定の制限を設けるべきである。


「なるほど……“しかし”と“したがって”があるだけで、話の流れが全然変わる!」


琴音の声が高まる。


「つまり、接続詞がないと、“前後の関係性”が読み手に丸投げされるんだね」


「そしてそれが、誤解を生む。読解以前に、“文の道筋”が見えなくなるってわけか」


吉永は、自分の原稿を見つめて言った。


「接続詞なんて飾りだと思ってた。でも違った。

“しかし”は“逆走注意”って標識みたいなものだったんですね」


「その通り。読解って、信号機を読むみたいなものだよ」


逢人はそう言って、手帳にメモを取る。


《読み手を迷わせない言葉の配置、それが“伝える”ってことかもしれない。》


翌週、新聞部の特集記事に載ったのは、次のような見出しだった。


《“しかし”がなければ、逆走する──接続詞が語る論理の地図》


記事では、例文とともに接続詞の重要性を伝えるとともに、ディベート大会での失敗例を取り上げていた。


「でも吉永くん、負けたことを記事にしていいのかな?」


琴音が心配すると、本人はあっけらかんと笑った。


「むしろ光栄ですよ。

“しかし”の重要性を、これほど強く実感できたのは、僕が間違えたからですから」


[読解のひとこと:by《コトノハ》]

接続詞は、文章の“関係”を表すサインです。

“しかし”は逆接、“だから”は順接、“つまり”は要約。

これらがない文章は、道標のない地図のようなもの。

言葉の“流れ”をつなぐ力を、大切にしましょう。


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